2021年9月 4日 土曜日

創世記機械

 またジェイムズ・P・ホーガンの本。タイトルは《創世記機械》。

 ネットで調べると《ハードSF界の旗頭ホーガンの面目躍如たる大作長編。星雲賞受賞作!若き天才科学者クリフォードは、政府機関で統一場理論の研究を進めるうち、画期的な成果をあげた。物質、電磁気力、そして重力の本質を見事に解き明かしたのだ。この理論を応用すれば、宇宙のエネルギーを自由に操り、利用することができる。》と解説があった。

 でもこの《創世記機械》を読んでいて思ったのは、政治、軍事、権威、権力、国家などによって歪められ虐げられる化学の本質を、いかに科学者が取り戻すのか?と言う話なのかなと思って読んでしまった。

 話の組み立てすべてがSF仕立てだけど、権力闘争のファンタジーとしても読めてしまうから不思議・・・(^_^;
 
 
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投稿者: 店主 日時: 16:28 |

2021年8月31日 火曜日

クッキングと人生相談

 無国籍料理のお店『カルマ』の頃、周りの人をほとんどあだ名で呼んでいた。前回ご紹介した高山なおみはミーとかミーちゃんと呼んでいた。

 今回、ご紹介する『クッキングと人生相談 悩みこそ究極のスパイス』の枝元なほみの場合はネコちゃんと呼んでいた。

 この頃は本名を知らないことは普通だった。高山なおみはミーちゃん、枝元なほみはネコちゃんで十分だった。

 そして彼女たちが料理研究家として頭角を表した頃にようやく本名を知った。その頃はみんないろんな方向へと散る様に流れて行った。別々の人生へと突き進んで行った。

 枝元なほみの会話で最後に記憶しているのはカルマの頃で「なんか悩んでいるなら、ネコ、聞いてあげるよ」だった。でも、自分にどんな悩み事があったのかは全く覚えていたない。ネコちゃんはこの頃から人の悩みを聞くのが好きだったのかもしれない。

 最後にネコちゃんに会ったのは、スーパータンクの芳根聡に新潟のイベントで、ある料理研究家に協力してもらうかもと、連れて行かれた先が上北沢の枝元なほみのところだった。多分、名前を事前に知らされていたと思うのだが、枝元なほみがネコちゃんだとは知る由もない。これにはびっくりした。世間は狭い。

 で、その時何かをご馳走になった記憶はあるのだが、何を食べたのかは記憶にない。ネコちゃんとの最後の晩餐だったのだが、残念ながら料理の事は全く覚えていない。ネコちゃん、ごめんなさい。ちなみにこの時にネコちゃんに何か悩み事を相談した記憶はない。

 単行本『クッキングと人生相談――悩みこそ究極のスパイス』ビッグイシュー日本から

《2018年12月15日より路上にて、ビッグイシュー販売者が先行販売をしていた、料理研究家・枝元なほみさんと「ビッグイシュー日本版」販売者による本誌人気連載「世界一あたたかい人生レシピ」が、全国の書店やウェブサイトからの直販でお買い求めいただけます。
ビッグイシューの販売者からも引き続き、ご購入いただけます。
販売者から直接ご購入いただくと、定価の半分以上の830円がその販売者の収入になります。サンプルも持っていますので、ぜひお気軽にお声がけください。ご自身や家族やお友達へのプレゼントにもぜひ!》

 
 
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投稿者: 店主 日時: 15:04 |

2021年8月29日 日曜日

自炊。何にしようか

 高山なおみの『自炊。何にしようか』を見た。

 Book On The Tracks(本の轍)のHPにはこんな紹介文が載っていた。《料理家、文筆家としても知られる高山なおみによる、ファン待望のレシピ本。神戸に引っ越し一人暮らしをはじめてからの「ひとり分のごはん」の自炊アイデアをまとめた本書は、『朝食』、『昼食』、『夕食』に『お客さんが来た時』など、食のドキュメンタリー形式で全100レシピを紹介。》

 料理本なので書いてある文章の多くはレシピ。それ以外は美味しそうな写真。なのでついつい文章を読まずに写真ばかりを見てしまった。

 高山なおみを知ったのは、中野北口の無国籍料理のお店『カルマ』。この頃のお店には枝元なほみもいて、二人の関係性がなかなか面白かった。高山なおみはそのあと諸国空想料理店KuuKuuに移った。多分、ここで二度目?の結婚式をあげた様な気がする。そこで会ったのが最後。もう随分昔の話。

 時間は流れ流れて、高山なおみは今、神戸の山の上にいるらしい。彼女は自分の過去をありのままに見せている。それがどうも人気の要因らしい。面白い人だ。

 で、気になったのが手。料理の本だから、どうしても手が写ってしまう。もう六十歳を過ぎているはずだから、それなりの手になってしまう。そこに彼女の過ごした長い時間を感じてまう。時として写真は言葉以上に雄弁な時がある。だから『自炊。何にしようか』は読んだのではなく見たとなる。
 
 
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 ちなみに彼女の料理で興味をひかれたのは、バナナをど〜んと挟んだサンドイッチ。これはすぐにできるから試してみよう。
 
 

投稿者: 店主 日時: 11:39 |

2021年8月27日 金曜日

ものいふ髑髏

 夢枕獏の短編集『ものいふ髑髏』を読んだ。小説の時代背景は現代。そもそも現代小説はあまり読まないのですが、たまたま目についたので読んでしまった。

『ものいふ髑髏』は十編の物語のうち、現代物は八編。残り二編が時代物。

 夢枕獏さんはやっぱり時代小説の方が好きだナ。現代小説のかもし出す怖さは、残念ながら現実の怖さ、現実の魑魅魍魎に負けてしまう。こちらの想像力も現実の前ではそがれてしまう。妖怪も魑魅魍魎も時代小説の方が怖くて妖しくて、そして美しい。

 さて、次は何を読もうかな・・・


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投稿者: 店主 日時: 13:45 |

2021年8月25日 水曜日

養老先生、病院へ行く

 この本は図書館で借りた。予約したのは六月四日。その時は前に23人ほどが並んでいた。それから待つ事二ヶ月半。ようやく自分の番が回ってきたが、借りる直前で後ろには20人以上の人の予約が入っていた。病気モノと言う事もあってか、養老先生、大人気である。

 自分は健康モノとか病院モノはほとんど読まないが、養老先生の本であれば読まないわけにはいかない。内容はいつもの養老節がほとんど。

 で、今回の『養老先生、病院へ行く』を読んで、養老先生がひとつだけラッキーだったのは、入院直前の容態。かなりボロボロの状態で入院した事。この状態だと、うまく事がはこんで退院した時に、病気は良くなったと言う『感覚』になれる。ここがポイント。

 この本に登場する中川恵一先生の言葉を借りれば、癌などの早期治療は未来のリスクを減らせると言う事と、今現在のボロボロに悪くなった状況を改善すると言う事とは根本に違う。

 意識はめんどくさい事に、過去、現在、未来と考えられるが、それが正しいとは限らない?と言う感覚がある。

 自分ごとではあるが、連れ合いが去年、大きな手術をした。入院は40日ほどになった。入院する前はハタから見れば、どこも悪くは見えないが、未来に面倒な事になるかもしれないと言う事で手術をした。

 それから一年近くになるが、体力や活動面で手術前の状態には遠く及ばない。この場合は意識は未来のリスクは減ったと思うのだが、感覚はどこが良くなったのかほとんど理解できていない。そこにはこの矛盾する日常を持て余している自分がいるのが現実である。だから『養老先生、病院へ行く』を読んでみたかった。

 感覚と意識の関係性は実にめんどくさいが、自分の経験を踏まえて、養老孟司先生と中川恵一先生の違いが読み解けた様な気分になった。そして病で病院に行くと良くも悪くも病院というシステムに取り込まれる。特に高齢者であれば、必然的にシステムからの逃げ場を失う。そうした事に感覚は変だと思っても、それは老人のワガママだと意識は言う。それは良い事なのかわからない。

 それに自分がいつ死ぬのか何て事は、死んでも意識にはわからないのである。


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投稿者: 店主 日時: 16:19 |

2021年8月22日 日曜日

巨人たちの星&内なる宇宙

 ジェイムズ・P・ホーガンのSF小説『星を継ぐもの』の続編の『巨人たちの星』と『内なる宇宙』上下巻を読み終えた。いやはや面白い。でもこれが書かれた1980年代から1990年代にこれらの本を読んだら面白いと思ったか?少し疑問に感じる。

 SF映画は昔からよく見たが、SF小説はほとんど読んではこなかった。ここが今回のポイント。つまりSF映画の映像的な知識がなかったら、果たして楽しめたか?マトリックスなんて概念は多分その頃に読んでもピンとはこない様に思える。

 自分の場合は昔からSF映画の映像を見続けたことが、三十年遅れで今回の『巨人たちの星』と『内なる宇宙』を楽しめた理由なのかもしれない。つまりこのタイムラグがいい塩梅に作用した事になる。SF映画の色々なイメージがジェイムズ・P・ホーガンの書く言葉に彩りを与えたのだ。

 と、言う事は逆に言えば、これらの小説は凄いと言う結論になる。多分、ここで書かれた事は、いろんなSF映画に影響を与えたと思われるのは至極当然の様な気がしてきた。


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投稿者: 店主 日時: 16:24 |

2021年8月16日 月曜日

玉村豊男-2

 虫は何をやってもほとんどお金にならない。お金にならないのに虫は全世界中に生きている。で、農家にとっては虫は天敵のように扱われる。玉村豊男を本を見続けてみると、案の定の最初の《私のワイン畑》以外には虫はほぼ出てこなかった。農業にとって虫との関係性は必要不可欠。アインシュタインは「ミツバチが絶滅したら4年後には人類も滅びる」と言ったとか。多分、これは本当だろう。

 一方で有機農法というのがある。これは一説には虫が少なくなった為に可能になったという説もある。2017年のCNNのニュースで《ドイツの自然保護区に生息する飛行昆虫の数が、27年間の調査のあいだに75%あまり減少した。》とある。

 それにも関わらず玉村豊男の本には《私のワイン畑》を最後に虫が出てこない。そして彼は自分で自分のやっていることを「ライフスタイル・ビジネス」と呼んでいる。これはこれでどこも悪くはないなが、どこか読んでいて寂しくなる。この空虚感はどこからくるのか。

 「ライフスタイル・ビジネス」の成功者の玉村豊男はそんな事にはあまり関心が無いということか?書かれたエッセイを読むと、かなり鋭く観察し、それを文章に起こしているが、その先はどうなるかと言う所で、必ず文章は終わってしまう。後はご自分でご判断をということか。

 《草刈る人》にはパソコン作業と農作業について書かれている文章がある。パソコンの画面は出てくる情報は止まった情報で、農作業は全てが日々変化し続ける作業である。どちらが楽しいのかと言えば、多分、農作業だろう。この事を実にうまく書いているが、ここでもその先については書かれていない。でも、2000年前後にこんな事をすらりと書いているのにはびっくりするが、ここでもその先が無い。もっと読み続ければ出てくるのか?どうもそんな予感がしない。何故かと言えば、彼の書いた文章には虫の気配が無いというのがその理由。お金にならないことは意識には上がってこない。

 ただ、書かれた文章はお金を出せば誰でも読めた。多分、その先を書かないのは「ライフスタイル・ビジネス」の実践者としては、これ以上書くといろんな所に軋轢や歪みが出るとの判断かもしれない。玉村豊男は大人なのかもしれない。都会を離れて、田舎暮らしをしても、そこには必ず世間様があると言う事か。

 多分もう玉村豊男の本は読まないだろう。それでも人はもしかしたら変わるかもしれない。でも、変わったところで残されたは時間はもう多くはない。


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投稿者: 店主 日時: 15:49 |

2021年8月13日 金曜日

玉村豊男-1

 本は同じ作家を年代順に続けて読むと色々と変化が見えてきて面白い。そんな作家が玉村豊男。

 ちょっと読む本がなくなって、玉村豊男の1994年に出版された《私のワイン畑》を本棚から取り出した。初版の帯に《この本は1991年から'94年早春にいたるまでの「私のワイン畑」のありさまを書いたものである。「私のワイン畑」事始めは、まさに苦難の連続。土づくりのために資金もずいぶんつぎこんだ。晩霜にもめげず、ついに初収穫。この畑からどんなブドウができ、そこからどんなワインができるか。いずれにせよ、できたワインが私の運命なのだ。》と書いてあった。

 で、読み出してみるといくつか虫の話が出てくる。まずはブドウの葉っぱを食べるコガネムシ、ブドウの木を食べるコウモリガの幼虫、そして熟したブドウの実を食べるスズメバチ。植物を育ているからには虫はついてまわる。育てている人にとっては鬱陶しい話ではあるが、虫好きな人間としては興味津々。

 ならばと《田園の快楽》と《田園の快楽 それから》を読んでみるが、ここには全く虫は出てこない。ほぼ"ヴィラデスト"という農園の事ばかり。それはそれで面白いけど、あまり好奇心は惹かれなかった。私は多少根性が曲がっているので、あまり素敵でしょう!と言われると、興味を失ってしまう。田園の快楽というからには、快楽の代償も少しは書いてもいいのではと思ってしまうが、《田園の快楽》の世界は玉村豊男一人で造った世界ではないので、こうなるのもしょうがないのかもしれない。
 
 
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 続いて《種をまく人》これは41歳で吐血し、そこから回復し、"ヴィラデスト"の場所を見つけるまでの話。前半は読み応えがあったが、後半は不動産と建築の話。後半を読み進むうちに、玉村豊男の多面性が見えてくる。それはやたらと経済にうるさい。

 虫好きが経済の話をいくら読んだところで、あまり役に立たないが、玉村豊男の経済感覚はこれから先の"ヴィラデスト"の未来を予言するようで、そこが興味深かった。その兆候は《田園の快楽》でも見え隠れする。

 多分、この先を読み続けても、最初に興味を惹かれた虫の話はほぼ出てこないと確信したが、確認の為にもう何冊か読んで見ようと思っている。ワイナリーオーナー成功物語という遠い世界の話を少しだけ見てみるのも悪くはない。振り返ってみれば思えば遠くまで来たものだと言うことか。
 
 
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投稿者: 店主 日時: 16:12 |

2021年8月11日 水曜日

虫がいなくなったら

 虫っておもしろい!《どうなるの?虫がいなくなったら》養老孟司/文・海野和男/写真 A4変型サイズの大きな虫写真絵本。子供向けの本ですが、実はとても中身が濃い絵本。

 《虫が地球上に現れたのは、いつか知ってますか?5~4億年ほど前なんだって! 恐竜でさえ2億3000万年前だから、すごいですね。それだけじゃなく、「地球は虫の惑星」といわれるほど数が多く、しかも種類も多彩で「形は違うが、同じ仲間」という不思議さも。そのようなことに触れながら、虫が地球の豊かさを作り出していることを学びます。》子供の本 新日本出版社からの紹介文。

 子供向けの絵本ですが、多分、この絵本に描かれている虫の知識は、虫好きの人は別として、大の大人でも知らないことばかり。人とばかり関わりあう世界から一歩外に出て、当たり前の世界が消えて行く前に、この絵本を見て、スマフォ片手でもかまわないので、虫の世界にデビューしてみるのも悪くはありません。そこでまず最初の一匹の虫と出会えることを祈っています。


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投稿者: 店主 日時: 15:03 |

2021年8月 9日 月曜日

星を継ぐもの

 ブログを再開しようと少し書いたが、時事ネタを扱うと、どこか心の中に隙間風が吹く。虚しいと言ったらいいのか、いくら書こうとしても、書けば書くほどに世間様はますます自分とはかけ離れて行く。それをわざわざ時間をかけて考えても、それこそ虚しいという気分になってしまう。ならば、読んだ本について書くのはどうか?これなら虚しくはならないかも・・・で、『星を継ぐもの』(原題:Inherit the Stars)は、ジェイムズ・P・ホーガン。

 SFはあまり読まないが、時代小説ばかり読んでいると、毛色の変わったものが読みたくなる。このときは《20億の針・ハル・クレメント》《沈んだ世界・J.G.バラード/著》も読んだが、途中でやめた。20億の針は漫画の寄生獣が頭に浮かび、途中からスジを追いかけるのが面倒になった。沈んだ世界はいくら読んでも真っ赤な嘘の世界に入れなかったので放棄。残ったのが『星を継ぐもの』これは真っ赤な嘘が本当に思えるほどに面白かった。

ウィキペディアによると《『星を継ぐもの』は、ジェイムズ・P・ホーガンによるSF小説。1977年に上梓されたホーガンのデビュー作である。日本では1981年第12回星雲賞海外長編賞を受賞している。 あり得ない現実と事実を突き付けられ、その謎を解き明かしつつ人類の生い立ちを解明していくハードSFの代表作のひとつ。》

 話は月面で真紅の宇宙服を着た人間の遺骸のようなものが発見された。これはいったい何者なのか?と始まる。私の場合はどんな小説でも《真っ赤な嘘》の中で遊べなければ、途中でやめしまう。社会派小説なんてものは間違っても読まない。せっかく世間様から距離をおいたのに、それをまた読書の中に持ち込む気はさらさらない。

『星を継ぐもの』は漫画にもなっているらしいが、多分、活字で読んだ方が面白いかも・・・ジェイムズ・P・ホーガンの他の本も読んで見たいな。

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投稿者: 店主 日時: 14:48 |

2021年7月17日 土曜日

ラブゼネレーション

 本棚の奥から早川義夫が書いた「ラブゼネレーション」という本が出てきた。1992年に発行された本。知っている人は知っているだろうが、早川義夫は1960年代後半のロックバンド「ジャックス」の主要メンバーであった。

 で、この本の内容をまったく忘れていたので、読み直してみた。世間様を斜に見るのは嫌いではないが、読み直してみて少しガッカリした。
 何の事はない、フォークソングの世界の内輪の話。遠藤健司、岡林信康、中川五郎、斉藤哲夫、はっぴえんど、高石友也、高田渡、加川良などの内輪の話が延々と書かれていた。
 今みたいにインターネットが普及していない時代だから、当時の情報ネタとしては読めるが、それはジャニーズ事務所の内輪話と大して変わらない。そこに新しい感性を探るワケでもなく、その時代の雰囲気もない。

 これならYouTubeで古い動画を漁っていた方が面白い。だから前に読んだあとの記憶が奇麗さっぱりと消えてしまったのだろう。

 多分「ラブゼネレーション」というタイトルにひかれて買ったのだろうが、ハズレだった一冊。これならジャックスの「ラブ・ゼネレーション」という歌を一回聴けば十分である。例えその歌が嘘とハッタリであったとしても、少なくとその時代の雰囲気は味あえる。結局、再読して早川義夫は活字の人ではなく、音楽の人であったと言う事を確認したのだった。

 まぁ、そうそうそんなにうまい話は転がっているワケではないと言う事か・・・と、こここまで書いて、不意に中山ラビが1974年に発表したセカンド・アルバムのひらひらの中の一曲「人は少しづつ変わる」を思い出した。

・・・・・・・・・・・・・
人は少しづつ変る これは たしかでしょ
私を育てた季節が変るよに
春には芽がふいて 夏はこんもりみどり濃く
秋は枯葉舞い 冬は化石のよう
そして あなたの心も変わったね
石のように冷たいのです
・・・・・・・・・・・・・「人は少しづつ変わる」より

 そうか中山ラビさんって凄い・・・で、変わったのは誰かな。


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《 半月・石塚善雄 》

投稿者: 店主 日時: 16:19 |