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2006年9月18日 月曜日

記憶と変化と羊の顔

 雨の休日に決まって思い出す歌詞?がある。何かのCMに使われていたような気もするが、判然としない。
 ・・・雨が降っている日曜日 坊や泥んこ 何故泣くの あそこの角でころんだの・・・で、記憶は途絶え、それ以上は思い出せない。
 よほど子供心に共感をしたのか、何かこれと同じ体験をしたのか、この歌詞だけが、雨の日に蘇ってくる。
 たぶん自分にとっては、何かの意味があるように思えるのだが、核心は記憶の中から消え去っている。そして失ったものの変わりに、この歌詞が残った。
 形とか、言葉というものは、不思議なモノである。原初の頃の記憶は、店主の場合は、ほとんど思い出せない。消えたモノの変わりに、形とか言葉が、いつの間にか店主の記憶の中に棲みついて、そいつらが勝手に、記憶を更新させているような気がしてならない。
 しかし、店主はこの事を不快に思っているワケではない。原初の記憶にこだわっていると、新しい形とかが見えにくくなるような不安があるので、次々と生まれては消えていく形に身を任せておくのも、悪い事ではないと思っている。

 で、今日の一枚はオニグルミの枝。いつもオニグルミの枝には羊の顔がある。この事実は変わらない。しかし、よくよく考えると、この羊の顔が毎年、増えると言う事は、確実にオニグルミが成長し、変化している証である。
 言葉では、変化しないオニグルミの羊の顔も、実物は絶えず劇的に変化している。では、言葉は本当に変化していないのか?
 店主の中のでは、実は、オニグルミと羊という関係性の言葉は、出会う度に凄い勢いで変化している。言葉と形が店主の中では、発酵したり、絡み合ったりして、次に出会う時の為の準備をしている。
 この変化は何の為かは、店主には判らないが、これが今年の夏に出会ったオニグルミ。
 いや、正確には1本のオニグルミの枝。もっと正確に言えば、オニグルミの枝が描いた羊の顔。全てが偶然と必然の中でおこっている・・・
 
オニグルミ(鬼胡桃)の枝-06.09.18

投稿者 店主 : 2006年9月18日 17:33