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2006年11月16日 木曜日
寿命とユリ
寿命はいつ終るかわからない。人間もマシーンも同じで、長寿もいれば短命もいる。理由はいろいろと付けられるが、ほとんどそれはアト付け。予測はできない。
今日のMacの手術は今のところ不成功。一時は回復したもの・・・残念。しかし、まだあきらめたワケではない。さて次の手は・・・一晩寝て考えよう。
で、今日の一枚はユリの枯れた実。植物の寿命とはどれをさすのか?花が終ったとき?種ができたとき?枯れてとき?よくよく考えてみると、よくわからない。
今日のユリも枯れて、種は実からこぼれ落ちている。枯れた容器だけが、ぬ〜っと残っている。でも、球根は地中で、静かに春まで眠りにつこうとしている。そして、来年になれば芽を出し、また、花をつける。だから、その意味においては寿命は尽きていない事になる。
しかし、地上に出ているものを見ると、終ったという感覚にとらわれる。これは人間の悲しいサガなのか。では、枯れると言う事は植物にとってどのような意味があるのか。
店主は、これは一年の最後の祝宴ではないのかと思っている。今年はこれでおしまい!また、来年会いましょうと、思いきった姿を寒風にさらして、種をまいている。
寿命とはやっぱり不思議なのモノ。終ったようで終っていない。という事で、今日のはユリは、思いきって今年の最後の祝宴というイメージで、せまってみました・・・
投稿者 店主 : 2006年11月16日 20:15
コメント
人間の悲しいサガ。男のサガ。女のサガ。ハーフのサガ。
昨夜まで落ち込んでましたが、ユリをみてなんかやる気になりました。
で、携帯電話の待受画面にしちゃいました。さっきまでエッシャーでしたが。
ユリのサガ。絵画みたいで素敵です・・・せまってますネ・・・
投稿者 makko : 2006年11月17日 15:17
makkoさん
こんばんは、お久しぶりです。お元気ですか?
人間のサガは難しくて、店主にもわかりませんネ。
どうせわからないなら、人間より植物の方がいいネと居直る悲しいサガの店主でした。
投稿者 店主 : 2006年11月17日 19:08