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2006年12月 9日 土曜日

無知とスイセンの葉っぱの雫

 人間の入力系は視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚といろいろとあるが、出力系は筋肉だけであると言ったのは、養老孟司。その筋肉がダメになると、人は何も伝える事ができなくなると、養老孟司は言う。
 コンピュータからえられる情報はもっぱら視覚を頼っている。聴覚も少しはあるが、やっぱり視覚の割り合いがかなり高い。だから、情報の処理も脳に頼り出す。
 例えば、ネットで美味しそうな料理の写真があっても、聴覚、触覚、味覚、臭覚は何ら機能はしない。そこでは、この料理はどこそこの有機野菜を使って、塩はあそこの天然塩。料理人は誰々ですと説明する事になる。で、だから「うまい」ということになるらしい。
 つまり、味わった事もないのにうまいという情報が独りでに歩き出し、その情報を知らないと言う事が、無知な事になるらしい。気が付くと、価値が情報によって決められはじめる。だから、店主は料理に関しては無知な人間と言う事になる。
 
 で、今日のは一枚は雨の日のスイセンの葉っぱとシダ。この一枚を作る為に、植物を見つけ、撮影して、画像処理するまでにはいろんな事がある。そこでは視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚をみんな使う。しかし、この事はなかなか情報にはならない。
 店主はそうした事は情報にならなくてよいと思っている。自分はイメージを作る過程を楽しみ、他の人は過程の中から出てきたイメージを楽しんでもらえればよい。
 もっと深く知りたい人は、自分でカメラを担いで散歩すればよいということになる。
 今日の一枚も雫。庭の片隅で、シダの下に隠れていたスイセンの葉っぱが顔を出し、雨にふられたところを撮った。プリプリとして雫が面白い。本当に自然の造形は奥が深い。ほんの一部に触れただけでも楽しい。

スイセンの葉っぱとシダ-06.12.09

投稿者 店主 : 2006年12月 9日 16:17

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