« カボチャのような実をつける花-2 | メイン | 何もおこらない一日 »
2007年11月 2日 金曜日
ユルユルのススメ
養老孟司の「ぼちぼち結論」という本を読んだ。
その中に昆虫採集禁止という話が載っていた。内容は高尾山で昆虫採集を禁止する動きがあって、それに対していろいろと中身の濃い話を書いている。
これは何でも規制をしたがる社会を、養老孟司の鋭い視点で批判?している。でも、本人はたぶん批判しているつもりはないのかもしれない。結論はいつもそれで困るのはあなた達でしょう!と切って捨ててしまう。
その中に、次のような文章が書かれていた。
「虫を捕るなという人たちは、じつは精神運動を推進している。私は一億玉砕、本土決戦、八紘一宇という、精神運動中心の世界で幼時から小学校の低学年までを過ごした。その経験からいうのだが、日本の世間が精神運動なんか進めると、ロクなことにはならない。この国はナアナアで、マアマアなのである。それは幸せなことで、それが理解できない人が増えたから、規則ばかり作りたがる。たぶん日本人は不幸せになりたいのであろう。それが本人たちの希望なんだから、あえて邪魔をする気はないが、私個人はわざわざエネルギーを使って、不幸を招来しょうという気なんかない。」
中央口論新社 刊 中公新書 養老孟司 著 「ぼちぼち結論」昆虫採集禁止(P87)から部分引用
まさに正論である。夜道は暗いから犯罪がおこる。だから明るいうちに帰りましょう、とか、ここの道路は喫煙禁止です、とか、電車では携帯電話はやめましょう、とか、言い出したら切りがないほど、暗黙の規制を作る。気持を押さえつける。
で、規制を作ったら、世の中よくなるのか?結論はみんながわかっている。「それで困るのはあなた達でしょう!」
店主もバカバカしいと思っているので、このコトはもう書かない。気になったのは、「この国はナアナアで、マアマアなのである。それは幸せなことで、それが理解できない人が増えたから、規則ばかり作りたがる。」という部分である。
読んでいるときに、アッ!と思った。これって、なんきん画伯の「ユルユル」と同じではないのか・・・
ナアナアで、マアマアで、ユルユルな世界は、実は理想の社会ではないのか?しかも、これを実行するには、決然たる個人主義が必要になるハズである。
個人主義の定義を簡単に説明しておく。「お前は大嫌いだが、お前の権利は絶対に認める。または、貴方が大好きだけど、間違ったことをすれば絶対に否定する。」というコト。
個人が個人を尊重できなければ、ナアナアで、マアマアで、ユルユルな世界は出現しない。なんきん画伯、このコトをユルユルとたとえ、実行しようとしているのか?。
何度か一緒に仕事をしながら、不可欠に思っていたユルユルが、養老孟司のこの一言で氷解した。なるほど、ユルユルか・・・
では、現実のNANKIN SHOWはどうか?これは画伯に関わる人たちすべての動きにかかっている。ナアナアだけど適当にはやらない!、マアマアだけど適当にはやらない!そして、ユルユルだけど、絶対に適当にはやらない!と関わる人たちが言い切れるのか!
ナアナアで、マアマアで、ユルユルな理想郷ははたして存在するのか?この結論を導く為には、NANKIN SHOWを続けてみるしか方法がない・・・はたして続くのか?
で、それが実現できたとしても、幸せになれるかどうか・・・店主にもわからない。
追伸−「バカの壁」より「ぼちぼち結論」の方が、はるかに面白い。一読されることをお薦めします。店主
投稿者 店主 : 2007年11月 2日 19:48
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.vitamin-tee.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1283
コメント
おはようございます。店主です。
NANKIN SHOW Vol.03のフォトアルバムがmixiで公開中!!!
http://mixi.jp/view_album.pl?id=6847406&update=20071103025908
ユルユル空間が体験できるかな・・・\(^O^)/
投稿者 店主 : 2007年11月 3日 09:32