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2008年6月17日 火曜日

山の学校について

 「アフガニスタン山の学校の子どもたち」「アフガニスタン 山の学校支援の会」そして、長倉 洋海と言っても、まったく知らない人もいると思うので、ギャラリーに置いてある長倉氏の解説をここに引用させていただく。

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マスード、そして山の学校の子どもたちとの出会い

「山の学校」があるパンシール峡谷のポーランデ地区を、私が最初に訪れたのは1983年。ソ連と戦う抵抗運動の若き指導者マスードの取材を始めた頃だった。マスードと北の地方にイスラム戦士側の統一戦線戦を作る旅に向かう時にも、ここを通ったし、マスードが地域の人から招かれた時にも同行して来ていた。手を切るような雪解け水が流れる清流ポーランデ、眼下に広がるヒンズークシの眺望、山間の澄んだ空気・・マスードが愛した光景に私は何度もシャッターを切ってきた。

 同年齢の若者マスードの苦悩や喜びを伝えることで戦争が見えてくると思っていた。しかし、マスードは2001年9月9日、アラブ人の自爆テロに倒れた。17年に渡り、生活を共にし、友とも思っていたマスードを失い、アフガニスタンを撮る目的を見失ったような気持ちになっていた時、山の学校の子どもたちと出会った。厳しい生活の中でも、勉強の意欲を失わない「山の子どもたち」の姿に、マスードの言葉が重なった。「戦争は必ず終わる。その時、この国の再建をするのは子どもたちだ。だから、いまから教育が必要だ」といつも話していた。

 学校に机とイスを届けた私に、村人が、「復興の手がなかなか届かない、この地に、これからも支援を続けてもらえないだろうか」と話した時、不安はあったが、それまでお世話になった人々への恩返しになればと引き受けた。マスードの夢の一端を担うことができれば、彼とこれからもつながっていけるような気もした。私は日本に帰ると、いままで写真展に来てくれていた人たちに声をかけ、NGO組織「アフガニスタン 山の学校支援の会」を作ることにしたのだった。

長倉洋海
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 ここのところ同じ事を何度も書いているようで申し訳ないが、是非、今回の展覧会はご覧になっていただきたい・・・m(__)m
 で、明日はお店はお休み。少しだけ休まさせていただきます。m(__)m

アフガニスタン 山の学校支援の会のホームページ

投稿者 店主 : 2008年6月17日 19:26

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