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2009年7月31日 金曜日

妖怪と盆踊り

 東雲 騎人さんの「 妖怪風流 」残すところアト二日となりました。
 で、「ビタミンTee」のある東中野本通りは、明日から盆踊り大会がはじまります。
 この盆踊り大会、実は「ビタミンTee」の前の道路を使っておこなわれます。一時間前は道路だったところが、アッと言う間に盆踊り会場に変身します。
 この変身、見事と言うしかありません。で、本通りに提灯が下がって、気分を盛り上げております。無論、その提灯の中には「ビタミンTee」の提灯もあります。(^_^;
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投稿者: 店主 日時: 20:21 |

2009年7月30日 木曜日

新作妖怪

 本日、東雲 騎人さんの「 妖怪風流 」新たに、河童、撞木娘、ぬらりひょん、豆腐小僧の四点が追加されました。(@o@;)
 店主的には豆腐小僧がほしいかな・・・でも、店主が買ってしまうのはマズいよネ。
 で、これが新しい・・・と、いきたいところですが、見たい人はギャラリーに足を運んで下さい。m(__)m
 ちなみに撞木娘は即、売れてしまいました。(^_^;

投稿者: 店主 日時: 19:38 |

2009年7月29日 水曜日

やっぱり植物が好き

 今日は久しぶりに植物日記。(^_^;
 最近、何故か虫に目がいってしまう。たぶん、まわりの植物の環境がドンド ンと壊されるのを見て、嫌気がさしていたのかもしれない。
 植物を追いかければ追いかけるほどに自分のおかれた状況を見せつけられる。植物を撮るのが辛くなったのかもしれない。
 それでも、季節がめぐり、植物はいつの間にか花をつけ実をつける。人間は何を考えているのかまったく判らないが、植物は正直である。
 で、今日の一枚は白い桔梗。これは去年、深津さんからいただいたモノ。去年は虫に食べられ、茎だけが残った。
 もうダメだと思っていたら、今年になって庭の片隅で花をつけた。咲いた花を見てびっくり。八重咲きの桔梗は初めて見た。やっぱり植物はいいなぁ・・・(⌒-⌒)

 八重咲きの白いキキョウ(桔梗)-09.07.29

投稿者: 店主 日時: 23:05 |

2009年7月28日 火曜日

妖怪手ぬぐい

 オープニングから一日遅れて、今日、「妖怪手ぬぐい」が入ってきました。
 天狗と河童。かなり迫力があります。(@o@;)

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 (C)東雲 騎人

 で、明日はお店もギャラリーもお休みです。「 妖怪風流 」の後半戦は木曜からとなります。
 噂では東雲さんの新作が追加されるらしいです。どんな妖怪があらわれるか、木曜日が楽しみです。

投稿者: 店主 日時: 19:30 |

2009年7月27日 月曜日

妖怪おみくじ

 東雲 騎人(しののめ きじん)さんの「 妖怪風流 」好調なすべり出しです。
 やっぱり、妖怪は夏に強いようです。初日にも関わらず、かなりのお客さんが見えました。ありがとうございます。

 で、今回ビタミンTeeのギャラリーで初めて登場したのが「おみくじ」しかも「妖怪おみくじ」。店主もこんなおみくじは、生まれて初めてみます。種類は全部で九種類あります。{{{{(+_+)}}}}

 轆轤首(ろくろくび)、座敷童子(ざしきわらし)、白澤(はくたく)、一つ目小僧(ひとつめこぞう)、釣瓶火(つるべび)
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 (C)東雲 騎人

 濡女(ぬれおんな)、野寺坊(のでらぼう)、一本だたら(いっぽんだたら)、煙々羅(えんえんら)
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 (C)東雲 騎人

 で、明日からは東雲さんオリジナルの「妖怪手ぬぐい」もギャラリーに並びます。(^_^;

投稿者: 店主 日時: 18:55 |

2009年7月26日 日曜日

タバコと検察

 店主はタバコを吸う。しかし、タバコを買うために成人識別カード「タスポ」は作っていない。
 何故作らなかったのかと言えば、タバコの利権をいじくります奴らをまったく信用していないからである。
 この成人識別カード「タスポ」は、未成年にはタバコはよくないと言う理由で作られた。なので、自動販売機で買う場合はこの「タスポ」が必要になる。(対面で買う場合は必要がない。)
 このカードを作る時は、当然、身分証明(本人確認)が必要になる。なので、このカードを利用した場合、自販機に日時や場所などの個人情報、履歴情報が残ってしまう。
 でも、よくよく考えれば、タバコを買う人間が成人と判ればいいだけで、後の情報は何一ついらないはずである。情報を残す必要もない。

 そんな中、こんな記事を今日の東京新聞で見つけた。

 『日本たばこ協会、タスポ情報、検察に提供』 ・・・たばこ自動販売機の成人識別カード「タスポ」を発行する日本たばこ協会(東京)が、特定の個人が自販機を利用した日時や場所などの履歴情報を検察当局に任意で提供していたことが25日、関係者の話や内部資料で分かった。行方の分からなかった罰金未納者の所在地特定につながったケースもあった。
 クレジットカードや携帯電話の使用履歴はこれまでも捜査当局に使われてきたが、タスポ情報の利用が明らかになるのは初めてとみられる。・・・以下略
 
 案の定である。店主「タスポ」が出ると聞いた時、未成年の喫煙を防ぐなどと言う理由はこじつけだと思っていた。タバコ、お酒は単に対面販売にすれば、事足りると思っていた。
 にもかかわらず、凄いお金を注ぎ込んで「タスポ」システムを作り、タバコ販売業者を苦しめるどころか、不必要な情報を集めそれを検察に任意で提供していたのである。
 悪魔のような連中である。もともと日本たばこ協会は、このような使い方を想定していたのだろうと、疑ってしまう。
 例えば百貨店で買い物をして、その履歴が警察、検察に提供されているとすれば、そんな百貨店は絶対に利用されなくなる。当たり前のことである。
 しかし、日本たばこ協会は平然と個人情報を検察に提供している。「タスポ」を作る際に、会員規約の中に・・・「会員規約では、「個人情報の収集及び利用」という項目で「会員は協会が必要な保護措置を講じた上で利用することに同意する」と規定している。」東京新聞2009/7/26より・・・とあるそうだ。法律的には問題はないそうだ。
 どれほど不快に感じても、このことに逆らう方法はない。あるとすればタバコは自動販売機では、絶対に買わないということぐらいである。対面で買うのが一番いい。イヤ、いっそタバコを止めてしまうという手もある。

 タスポ情報、検察に提供 日本たばこ協会

投稿者: 店主 日時: 17:20 |

2009年7月25日 土曜日

無事終了&妖怪風流

「いろんないきもの展」無事終了。イケダ ミキさん、松本 冴里さん、猪上 絵理さん、楽しい展覧会ありがとうございます。
 明日は店主、バニラさんともにお休みします。無論、お店もお休みです。m(__)m

 で、月曜から東雲 騎人(しののめ きじん)さんの「 妖 怪 風 流 」の仕込み完了。

 仕込みが終ってみると天井付近に、なんと豆腐小僧が出現!!

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 (C)東雲 騎人

投稿者: 店主 日時: 19:58 |

2009年7月24日 金曜日

『ガロ展』

 店主、実家を出てから35年もの月日が流れた。いつしか若い頃に持っていたものは、引越しのたびに、忘れ去られ、ゴミとなって捨ててきた。
 それでも、捨てきれないものがあった。それが月刊誌の『ガロ』。『ガロ』は1964年に創刊されている。いろいろな漫画家がこの『ガロ』から出ている。
 店主が持っている『ガロ』は、ほとんどが段ボール箱に詰め込まれ、開けられることもなく、今日にいたっている。どれがどのくらい残っているのか店主にもハッキリとはしない。
 たぶん当てにならない記憶に頼ると、カムイ伝の後、2〜3年は買っていたような気がする。
 それを今回、開けてみることにした。虫干しを兼ねて、ギャラリーに展示してみようと思っている。
 たぶん、ほとんどがボロボロになっているような気もするが、それだけ時間がたったと言うコトの証にもなる。
 期間は夏休み前の8月4日[火]〜8月11日[火]まで。一応、立ち読みはできるようにするつもりだが、興味本位に触ると傷むので、閲覧費として一冊、50円をもらい受ける予定でいる。
 告知はこのネットだけになるので、興味のある人は、メールなどで漫画好きの人に知らせてもらうと助かります。m(__)m

投稿者: 店主 日時: 19:57 |

2009年7月23日 木曜日

ペンフォルダーとカードスタンド

 今日は松本 冴里さんがギャラリーにきました。そのかいがあったのか、人形の短足さんが売れました。少しずつでもお客さんが増えるといいですネ。(^_^;
 それから今日は日下 祥子さんがガラス細工のペンフォルダーとカードスタンドを納品して下さいました。ありがとうございます。
 日下さんは七月の初旬に、彫金の方はご紹介したのですが、ペンフォルダーとカードスタンドはまだでした。
 何故かこのペンフォルダーとカードスタンドは人気があり、展示するとアッと言う間に売れ、今回、追加をお願いしておりました。
 お店をはじめてから、一年四ヶ月では、まだまだ売れ筋を見極めるのは難しいコトです。店主は彫金の方が売れるのかなと思っていたら、結果はペンフォルダーとカードスタンドの方がよく売れております。

 で、これがペンフォルダーとカードスタンドです。
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 (C) Kusaka Shoko

 日下 祥子さんの彫金


 追伸・ペン立てとカード立てと書いたら、バニラさんから、ペンフォルダーとカードスタンドに直して下さいとの要請がありました。品名は気をつけないといけませんネ。m(__)m

投稿者: 店主 日時: 19:09 |

2009年7月22日 水曜日

イチジクキンウワバ・・・?

 今日は昼から久しぶりに庭の手入れ。仕事ばかりしていたので、庭は荒れ放題。
 カラスウリの蔓はそこら中に伸び、ツタは窓の廻りから脱出を試み、いたるところに蔓を伸ばしている。少し切っておかないと、とんでもないことになる。
 しかも、ツタにはいっぱい毛虫がついて大変な騒ぎ(虫からすれば静かにご飯を食べているだけ)。殺虫剤はイヤなので、割り箸で毛虫を駆除。まだ、少し残っていたがそれは放置。早く大きくなってどっかに行っとくれ。お願いしますよ。m(__)m
 で、そんなコトをブツブツ言いながら、ヒョイッと横を見ると、妙な蛾を発見。どこが妙かと言うと、横腹のところに白い点々があり、それが白金ように光っている。しかも頭部にV字型にモヒカンのような突起がある。かなり変わった趣味をもつ蛾である。
 後でネットで調べるとヤガの仲間で、セアカキンウワバかイチジクキンウワバと思われる。店主にはどちらとも判別がつかない。イチジクキンウワバ・・・かな?
 こんな形をしていてもかなり器用に飛ぶから、蛾は面白い。
 さて、日記もアップしたので、ビールでも飲みますかネ・・・

 イチジクキンウワバ・・・かな?-09.07.22

投稿者: 店主 日時: 19:27 |

2009年7月21日 火曜日

NHK嫌い

 店主、NHKという組織が大嫌いである。以前、NHKの受信料の事で窓口の偉いヤツと話したことがある。これほど不愉快な経験は未だかつてない。
 彼らの言い分は、気に入らなければ法律を変えろ!と言う事につきる。日本人でも何も異議申し立てはできない。NHKという存在は、法律という鎧で固めたとてつもない大利権集団である。

 で、こんなニュースを見つけた。

********2009年07月21日11時05分 / 提供:ダイヤモンド・オンラインから抜粋

 日本放送協会(NHK)が、本来、積み立てから給付すべき退職者の企業年金の一部を、受信料収入から補填して給付していることが、関係者の話で明らかになった。

 関係者によると、その額は2007年度が約100億円、08年度が約120億円に上っているという。

 勤続年数などで企業年金の支給額は異なるが、NHKによれば平均支給額は月12万円程度と民間に比べて高い。つまり、退職者に対する高待遇を維持するため、一部とはいえ「皆様の受信料」を使って尻ぬぐいしているのだ。

*********以下、略
 「NHKの「皆様の受信料」がOBの年金に補填される奇怪 」

 これはたぶん法律的には何ら問題はないと思われる。間尺に合わないと思っても、店主のような人間には何の発言権もない。

 今、日本では、年収200万円以下の人が一千万人をこえると言われている。月にならすと166,666円。で、【NHKによれば平均支給額は月12万円程度と民間に比べて高い。】だそうだ!

 前に受信料の窓口の偉いヤツと話した時、その男は、生活保護を受けている人からは、受信料は頂いてはおりませんと、偉そうに言っていた。その上、私たちは法律にのっとって営業をしておりますと、吐き捨てるように言われた。
 だから店主にできる事と言えば、NHKを徹底的に毛嫌いすること以外に何もできないのである。Ψ(`∀´)Ψ

投稿者: 店主 日時: 14:33 |

2009年7月20日 月曜日

阿佐ヶ谷気分

 知人とメールのやり取りをしていたら、何故か安部愼一という漫画家の話になってしまった。
 この「阿佐ヶ谷気分」という漫画は、最近映画になったらしい。タイトルは「美代子阿佐ヶ谷気分」と言うらしい。
 店主のメールを引用すると・・・・

 それから、あがた森魚はガロ(漫画雑誌)の関連で知ったような気がします。
 あの頃は、新しいモノが出れば、見境なく飛びついていきましたネ。

 話はそれますが、最近の映画で「美代子阿佐ヶ谷気分」というのがあるそうです。
 漫画家の安部愼一の作品なのですが、これもガロ絡みで知りました。

 映画の解説を読むと、何だかな・・・という気分になってしまいます。
 あまりに安部愼一の漫画が素晴らしかったので、そのイメージが壊されるのが怖いような気がします。

 後にも先にこの手の漫画を描いて成功したのは安部愼一ひとりと思っております。
 その安部愼一もこの作品より先に進めず、筆を折ってしまったようです。

 もし、この「美代子阿佐ヶ谷気分」を見るようなことがあれば、感想を聞かせて下さい。
 とても、見にいく勇気がないもので・・・(^_^;

 余談ばかりですいません。m(__)m

 と、書いて送った。

 メールを送ってから、ギャラリーに行って、イケダミキさんに漫画家の安部愼一って知っていますか?と聞いてみた。無論、知るワケがない。たぶんこの作品は彼女が生まれる前に書かれている。

 私小説というカテゴリはあるが、安部愼一の「阿佐ヶ谷気分」はまさしく私漫画といっても良いものだった。
 ちなみに「阿佐ヶ谷気分」に出てくる風景は、その一部が石神井公園の三宝寺池の裏手あたりだったように記憶している。(間違っていたらごめんなさい)

 映画「美代子阿佐ヶ谷気分」公式サイト

投稿者: 店主 日時: 19:48 |

2009年7月19日 日曜日

暑いネ

 虹が出たと言うので、お店の近くの高台まで行ってみたが、それらしきものは発見できず、残念。でも、空一面に夕焼けが広がりきれいだった。
 地下室にこもりっきりの店主にとっては、久しぶりの夕焼け。前の仕事場は三階。窓も広かったので、ヒマだと空をよく眺めていた。
 それにしても外はムシムシとして暑い。少し外に出ただけで、汗が吹き出てくる。明日は予報によると今日よりも五度ほと低いらしい。涼しくなると言う話だけでもうれしくなる今日この頃です。┗(・o・)┛

投稿者: 店主 日時: 19:34 |

2009年7月18日 土曜日

m(__)m-2

 やっぱり久しぶりの早起きに、店主もバニラさんもかなり「おねむ」です。
 ギャラリーもお客さんが来るのですが、いたって平和。静かな時間が流れておりました。
 店主は、昼ご飯を食べたら、30分ほど気絶。バニラさんは、先ほどから目がウルウルしている様子。
 なので、今日はすぐに帰って寝ます。m(__)m

投稿者: 店主 日時: 19:21 |

2009年7月17日 金曜日

m(__)m

 お店がヒマなのも今日まで・・・明日からはイケダ ミキさん、松本 冴里さん、猪上 絵理さんの三人が織りなす「いろんないきもの展」がスタート。
 仕込みは、明日の午前中の予定。\(@_@)/ 店主は久しぶりに早起きとなります。なので、今日は早めに上がります。m(__)m

投稿者: 店主 日時: 19:49 |

2009年7月16日 木曜日

お店計画-その39(リピーター)

 今日は暑さのせいか、お店はとても、とても、ヒマ・・・です。{{{{(+_+)}}}}
 いつもらなどないしましょ!と、青くなるのですが、お店をオープンしてから一年と四ヶ月も過ぎると、お店がヒマでもオリジナルTeeシャツやオリジナルバッグの注文が電話やメールで入ります。
 これは、ある程度想定はしていましたが、どのくらいの期間お店を続けると、こうしたお客さんが増えるのかが謎の部分でした。
 最近はこのオリジナル関連のお客さんがジリジリと増えてきております。ありがたいコトです。
 昔からあるお店で、いつもヒマそうなのにつぶれず、営業を続けているお店は、こうした仕組みで成り立っているのではないのかと、店主は思っております。
 路面店は一見ムダが多いように見えますが、こうしたリピーターは人間関係が稀薄なネットでは、まず考えられません。お店があってこそ、成立する法則のように思えます。対面によるお互いの安心感が、この関係性を深くするようです。
 さて、明日もかなり気合いを入れて作らないと、次の展覧会の「いろんないきもの展」の準備が間に合わなくなります。仕事があると言うのは、ありがたいコトです。m(__)m

投稿者: 店主 日時: 20:04 |

2009年7月15日 水曜日

ワームホールの住人

 今日の東京地方、気温が34度ぐらいまで上がったとか・・・あまりの暑さに外に出ることもできずに、自宅でモソモソしておりました。
 洗濯、掃除、買い物をすると後は何もする気になれず、PCの前でクサグモと遊んでおりました。
 で、今日の一枚はマメツゲに巣をかまえ、虫を日がな一日待ち続けるクサグモ。このクモ、あの隙間がないマメツゲの間に、器用に巣穴を作り、危険をさっするとこの穴に逃げ込んでしまう。
 噂では、このクモの巣にはどん詰まりがなく、その中を抜けて、別のところに移動してしまうらしい。クサグモが考案したワームホールと言ったところか。
 店主もこの暑さを逃れて、スッと移動できるワームホールがほしい今日この頃である。
 
 ワームホールの住人(クサグモ)-09.07.14

投稿者: 店主 日時: 19:34 |

2009年7月14日 火曜日

記憶

 店主、戸川純が大好きだった。この事を先日の「蛹化の女」を日記に書くまでは、完全に忘れていた。記憶とは不思議なものである。
 戸川純は1961年3月31日生まれ。かなりいい年齢になっているはず。しかし、店主の中では戸川純のイメージは1985年頃で止まっている。

 ウィキペディアによると・・・・・・・

 笑っていいとも!「テレフォンショッキング」のコーナーにゲスト出演した際、芸能界入りの動機として「小さい頃いじめられっ子だったので、(出世して)見返してやろうと思った」と語った。『宝島』誌におけるいしかわじゅんとの対談によると、戸川は子供のころ大変醜く、「太った山下達郎」と呼ばれていたという。いじめの理由を問うと、加害者たちは「ブスだからだよ」と笑いながら答えたとのこと。
 中高生の頃は女優志望であこがれは李香蘭とクレオパトラだった。また高校時代、毎日屋上で、女優となるための発声練習や腹筋運動などをかかさずやっていた。
 厳格な家庭で高校生までは「日曜日は外出禁止」であった。大学に入学した1979年から「日曜日も外出可能」となり、映画を見るため出かけていた日比谷公園で、たまたま、後にゲルニカでコンビを組む上野耕路が所属していたパンク・バンド「8 1/2」のライブを見てファンとなった。「8 1/2」の追っかけをしているうちに、メンバーと知人となり、彼らが出入りしていた渋谷の伝説的ロック・カフェ「NYLON100%」に入り浸るようになる。戸川は女優志望でミュージシャンになるつもりはなかったが、「NYLON100%」で彼女がよく歌っていた李香蘭の「蘇州夜曲」を上野が気に入り、ゲルニカが結成されることになった。

 ・・・・・・・・以上、ウィキペディアから

 NYLON100%か・・・また、別の記憶が蘇ってくる。

 で、特に好きな歌が「蛹化の女」ではなく、1985年に発表された極東慰安唱歌。それもB面。何故かB面の記憶しかない。A面の記憶はどこに消えたのか・・・
 
 戸川純 極東慰安唱歌 B1 極東花嫁
 


 戸川純 極東慰安唱歌 B2 ある晴れた日

 戸川純 極東慰安唱歌 B3 極東慰安唱歌
 
 戸川純 極東慰安唱歌 B4 勅使河原美加の半生

 戸川純 極東慰安唱歌 B5 夢見る約束


 それから、明日はお店は定休日。店主もバニラさんもお休みします。(⌒-⌒)

投稿者: 店主 日時: 18:49 |

2009年7月13日 月曜日

もう一つのウイグルとNHK

 都議選が世の中の話題をさらっている中、先週の土曜日の朝刊に強烈な記事を見つけた。
 NHKの番組「シルクロード」は「核実験には一切触れずロマンだけを宣伝し、『核の砂漠』の観光地化に手を貸した・・・という強烈な内容が書かれていた。
 本当か嘘か、店主には判らないが、天下の東京新聞がまったくのデタラメを書くとはとても思えない。では、NHKはどうか?店主が感じているのは、今のNHKはとても信用ならないと言うこと。
 これはかなり重要なことであり、また、東京新聞の読者以外はこの記事を読むことはないと思ったので、ここにアップした。
 
*****2009/7.11・東京新聞・朝刊・特報部から

 中国新彊ウイグル自治区で核実験46回・日本人観光客も被ばくか

 暴動が起こった中国新彊ウイグル自治区は、同国政府が過去、核実験場として使い、今なお放射線被害が続いているとみられる地域。実験データは公表されず、被害の全容は不明だが、実態を研究している札幌医科大学の高田純教授(放射線防護学)は、日本人の被ばく者がいる可能性を指摘する。実験場所は日本人旅行者にも人気のあるシルクロードに重なっているからだ。(外報部・浅井正智)

 中国は一九六四年から九六年まで、同自治区で四十六回の核実験を行ったとされる。高田教授が日中双方の観光統計などから推計したところ、この間に中国国内のシルクロードを訪れた日本人は二十七万人、実験終了後も含めれば八十四万人とみられる。中でもシルクロードの要衝・楼蘭は、日本人が好んで訪れる観光地だが、核爆発は主に楼蘭を含め、その北西方面で行われていた。
 プルトニウムの放射線量が半減するには、二万四千年を要する。周辺の土壌や地下水、湖は現在も高濃度で汚染されている可能性が高い。「シルクロードは核実験場と観光地が同居した世界に類のない異常な地域」(高田教授)なのだ。
 日本でシルクロードが広く知られるようになったのは、八〇年にシリーズとして始まったNHKの番組「シルクロード」の放映から。中国のシルクロードに外国の取材が入った初のケースで、シルクロードブームの火付け役となった。しかし、高田教授は「この番組こそ重大な問題があった」とする。
 「核実験には一切触れずロマンだけを宣伝し、『核の砂漠』の観光地化に手を貸した。結果、日本人観光客も被ばくした可能性がある」
 教授はこのほどNHKに公開質問状を提出、シルクロードでの核実験の事実を公表し、危険な地域に観光客を誘導してきた責任を明確にすることなどを求めた。
 返ってきたのは「撮影を行った場所が、核実験によって放射能に汚染された危険地域だったという認識は、放送当時も現在も持っていない」という回答だった。
 これが事実でないことば、番組の取材班が執筆したNHK出版の「幻の楼蘭・黒水城」(八〇年刊)が示唆している。
 「私たちは楼蘭が重要な軍事基地、おそらく核実験場ではないかと想像していた。核実験はいずれもこの地域で行われたといわれている。中華人民共和国の誕生以来この地域は、国家の最高機密の地として、中国人でさえ特別の要人以外は立ち入ることができない」
 さらに「その楼蘭に入ることを、日中共同取材班はついに許可された。たび重なる交渉の末である」と取材許可を誇らしげに書いている。高田教授は「危険地域と知りながら、部下らに取材を命じていたとすれば犯罪的な行為。業務として同行させられたスタッフも被害者だ」と批判した。
 核実験による被害を調べるため、教授は現地を訪れた人からの情報提供を募っている。体内の放射線量調査を行うほか、白血病やがん、流産や奇形などのケースについて情報を集め、科学的な分析を加えるという。

  詳細は教授が主宰する放射線防護情報センター

*****2009/7.11・東京新聞・朝刊・特報部から

投稿者: 店主 日時: 19:10 |

2009年7月12日 日曜日

変わるのかな

 今、閉店の七時すぎぐらい。都議選の投票終了まで、後一時間ぐらいある。果たしてどんな結果が出るのか?都民としてはとても気になります。
 国なり地方自治なりを変えるには、この選挙というまだらっこしい方法しかない。いつも鬱々としていた気分が少しでも晴れるといいのだが・・・
 まぁ、これがどんな結果が出るのか判らないが、それで何かが急に変わることはない。
 単に少しだけ気のもちようが変わってくるだけ。この気持ちの変化が重要。人間、これから先何一つ変わらないと思ったら、とても辛い。イヤ、地獄かもしれない。
 でも、本当に変わるのかな・・・

投稿者: 店主 日時: 19:23 |

2009年7月11日 土曜日

夜な夜な

 今、自宅の庭で夜な夜な咲き乱れている花がある。名前はカラスウリ。夕方、六時頃から咲き始め、店主が帰る九時頃には満開になり、朝にはしぼんでしまう。
 このカラスウリ、花は好きなんだけど、ほっておくとドンドンと蔓を伸ばし大変なことになる。なので、三日おきに伸びていく先をチェック。何しろ店主の庭はマンションの専有庭なので、勝手に伸びるとご近所にご迷惑をかけることになる。なので、三日に一度はチュックして、マズい方向に伸びると切るようにしている。
 でも、ここまで伸びるようにするためには、四年はかかっている。今の楽しみはカラスウリの実をつけさせること。冬になって葉っぱが落ちた樹の枝からたれ下がるオレンジ色の実を、どうしても見てみたい。
 だから夜な夜な庭に出て、早う実をつけろとカラスウリに話かけてみたりする。他人様が見たらかなりヤバい風景だよな・・・と、思いつつも、花を見たさに庭に出る店主でした・・・((((((^_^;)

 カラスウリの花-09.07.11

投稿者: 店主 日時: 19:50 |

2009年7月10日 金曜日

六年目

 ビタミンTeeのお店は、まだ開店してから一年と三ヶ月とちょっとですが、実はネットでスタートしてから今年の7月12日で六年目を迎えます。とにかくこの五年間はいろいろとありました。
 しかし、現在進行形の「ビタミンTee」なので、今は思い出にひたっているヒマはありませんが、店主もバニラさんもよくここまでもったものだと、自分で自分に感心しております。
 で、明日から感謝をこめてギャラリーで一週間「ちょっと得するオリジナルTeeシャツ展」をスタートします。是非、遊びに来て下さいナ。m(__)m

 それからショップの方でも明日から新作が登場します。
 
 ピカソ☆うおさんの「象」
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 神崎 詞音さんの「パワーストーン」
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 そんなワケで、六年目の「ビタミンTee」を今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿者: 店主 日時: 17:39 |

2009年7月 9日 木曜日

蛹化の女

 休日なのに何故か疲れがとれない。ハァ、弱ったナ・・・と、言いつつ、カメラを持って庭に出る。狭い庭をウロウロ・・・これってヒキコモリの危ないオヤジの姿だよナと思った瞬間、眼の隅を白い影が走った。
 そいつは白く透き通ったツマグロオオヨコバイの幼虫。スルスルとイチゴの葉っぱの上を移動中。慌ててカメラをむけ、2カット撮ったところで、庭の奥に消えた。ほんの一分ぐらいの出来事。このヨコバエ、姿は小さいが一応セミの仲間。
 で、PCの前に座って画像処理をしていると、戸川純の蛹化の女を思い出した。疲れていたけど、蛹化の女を聴きながらツマグロオオヨコバイの白い姿を見ていると、まぁ、人生にはいろいろとあるよナと思う今日この頃でした。

 ・・・貴方を思い過ぎて変わり果てた私の姿。月光も凍てつく森で樹液をすする私は蛹化の女・・・
 
 ツマグロオオヨコバイの幼虫(蛹化の女)-09.07.09

 《蛹化の女・戸川純 》
 


 《パンク蛹化の女 戸川純》が好きな方はこちらがお勧めです

 おまけです。疲れた時にはこの曲がいいかな。《たいへんだぁ! 中山ラビ》

投稿者: 店主 日時: 18:02 |

2009年7月 8日 水曜日

タスマニアとウイグル

 また、休日に長い日記を書いている。と、言ってもほとんど抜粋。店主が書く判りづらい記述より、もっと良いものがあれば、そちらを書いておいた方が、ましと思っている。
 で、ウイグルで何がおこっているのか、店主には正確に知る方法がない。しかし、民族という言葉と暴動という言葉があれば、おおよそ何がおこっているのか想像はつく。
 富と力を持ったものが、少数派の民族を滅ぼそうとしているのは間違いないだろう。これは歴史の必然でしかない。だから、歴史を少しだけさかのぼってみれば、似たような話はいくらでもある。
 今日、紹介するのは、権力者にとっては理想的な少数民族を滅亡させる方法。同時に権力者がいかに無慈悲であるかの歴史的証明でもある。

世界地図の中で考える・高坂 正尭著(新潮選書・昭和49年9月30日 発行)より・第一部 タスマニアにてから抜粋。

・・・・・前略・・・・・
発見と入植
 タスクニアの存在がオランダ人の航海者アベル・J・タスマンによって発見されたのは1642年であったが(そのとき、彼は東インド会社ジャカルタ総督ヴァン・ディーマンの名をつけた)、植民は1903年までおこなわれた。なんと言ってもタスマニアは世界の端で支配する程の価値はありそうもない土地だったからである。それに十六世紀と十七世紀のヨーロッパの関心はアメリカ大陸に集中していた。イギリスの植民地がオーストラリアに初めて作られたのは1788年のシドニーにおいてであったが、それは囚人を送るためのもので、遠いオーストラリアがそのために適当と考えられたのであった。それも正確に言えば1798年になって漸く、タスマニアが島であることが発見されたので、それまでは、オーストラリア大陸に付着する半島と考えられていたのである。1803年にイギリスがタスマニア島に植民を決意したのも、その価値を認めたと言うよりは、フランスが先に領有することを恐れたからである。当時、イギリスとフランスは新世界の覇権をめぐって激烈な争いを展開していたのである。政治の世界においては他人への恐怖が人間をして力を求めさせるのである。
 1803年にイギリスは三人の役人、七人の兵士、六人の自由人、二十五人の囚人を、相当数の家畜と共に送り込み、その後間もなく十五人の軍人と四十二人の囚人が増強された。さらに1807年には植民者は再び増大された。こうして、植民が始まると共に、タスマニアの土着民とイギリスの侵入者の間で激しい戦いが展開されることになった。タスマニア土人が侵入者に対して敵意を持ったのは当然だが、これ対して、イギリス人も野蛮人を撃ち殺すことをなんとも思っていなかった。イギリスの歴史家によれば、最初の衝突は植民者がタスマニア島に到着した直後におこったが、その責任はイギリスにあったと言う。そしてイギリスの植民者たちは1807年ごろには食料不足と土人の襲撃から一旦非常な苦境に立つが、しかし、程なくイギリス人はタスマニア土人を撃破し、追いつめて行った。1830年には、植民当初五千人ほどいた土着民は二百三人に減って保護地に囲われることになった。そして、1942年には四十四人、1854年には十六人という具合に減り続け、1876年に最後のに生き残った一人が七十六歳で死に、それによって、タスマニア土人はこの世から完全に姿を消したのである。
・・・・・中略・・・・・
滅亡のある条件
 そして、その後二十年ばかりして、私はタスマニア土人がなぜ絶滅したかについての、人類学的研究を紹介された。その著者、ポーランド人ルードドヴィヒ・クジヴィツキーはタスマニア土人の絶滅の理由を次のように描いている。
【タスマニア土人は白人に勇敢に抵抗した。そして、数千から数百になったとき、彼らは降伏した。降伏した人びとは羊を与えられ、保護地に入れられた。彼らはそれによって狩猟生活の不安定の代わりに豊富さを得、明日の生活を保証されたのである。しかし、彼らは亡びつづけた。そして彼らが絶滅したことがいかに不可避であったかを理解するためには、生存条件の変化が彼らの内面的生活を破壊したことを考慮に入れなくてはならない。何世紀もの間、タスマニア土人は彼らの島に住み、ときには飢餓にさらされるなど、種々の不安にさらされた(そんなときは、恐らく彼らは子供を食べて生き残ったであろう)。しかし、概して彼らの生活は幸福なものであったのである。ひとつの森から他の森への移動は彼らにさまざまな印象を与え、多くの愉快なスリルを与えた。彼らの共同の狩、集会、割礼式などが彼らの生活の単調さを破り、想像をかき立て、感情を豊かにし、生活に魅力を与えていた。しかし、白人の植民者たちが来て、長年の闘争の後、タスマニア土人は近くのフリンダーズ島に移された。彼らは外見的な物質的福祉に取り囲まれていたが、しかし、以前から持っていた印象と感情の力の豊かさは奪われてしまった。タスマニア土人は狭い地域に押し込められ、彼らの祖先たちの生活を長年にわたって作って来たすべてものと切り離された。次第に望郷の念が強まった。ときどき彼らはよい天気のときにタスマニア島をはるかに見ることができる高い丘の上に登り、絶望的に彼らの土着の島を見た。そんなとき、老婆が熱心に彼方を指して、ベン・ロモンドの雪をいただいた峰を見ることができるのかと男に聞いて、そして、涙を流して言ったものだ。『あれは私の国』ーー生活は彼らにとってその魅力を失ったのである。】
 私はこの文章に強い印象を受けた。なぜなら、それは優れた強い文明に圧倒された、劣った弱い文明の悲劇を極限状況において示しているからである。近代に人類の文明はヨーロッパを中心として著しく発展した。人間は疑いもなくより豊かになり、先進国においては飢え死にすることはなくなった。そして、この過程において、西欧諸国の果した役割は否定するべくもない。この過程は同時に、苦しみに満ちたものでもあった。西欧諸国が世界各国に出かけ行った十九世紀から二十世紀にかけての歴史は、文明の発展の歴史であると共に、搾取や征服や闘争の歴史でもあったのである。国際政治学を研究し、西欧文明の拡がりについて研究していた私にとって、この人類学者の文章は、非常に重要な点を浮き彫りにしてくれたのである。それとともに、国民学校のときに聞いたタスマニア土人の滅亡の話が、二十年後、国際研究するという生活のなかであざやかに思い出された。そんなとき、偶然タスマニア大学から招待が来た。だから私は、大きく心を動かされたのであった。
・・・・・以下、略・・・・・
世界地図の中で考える・高坂 正尭著(新潮選書・昭和49年9月30日 発行)より・第一部 タスマニアにてから抜粋。

投稿者: 店主 日時: 13:54 |

2009年7月 7日 火曜日

明日はお休み

 ユメノシマ展、無事終了。ありがとうございました。ホンワカした感じの一週間でしたが、やっぱり仕事なので疲れました。
 で、疲れたら休む。これは鉄則。なので、明日から三日間お店はお休みします。店主は休めるかどうかは、今の段階では判りませんが、とりあえず明日の午前中は寝るように努力します・・・w(゜o゜)w

投稿者: 店主 日時: 20:22 |

2009年7月 6日 月曜日

キレる

 今日、二年ぶりぐらいにキレてしまった。と言っても、お店でキレたのでない。お店では、感情的になることは、絶対に御法度。なので、地下室で一人キレてしまった。
 キレた原因は、お店のコトでキレたのではない。プライベートなコトで爆発してしまった。
 大人げないとは判っていても、言葉が通じない相手、特に血が近い人間との話は感情論になってしまう。反省しても、また話せば同じコトの繰り返し。何でこんなコトになるのか・・・切ないな。ハァ、やれやれ・・・
 で、明日はユメノシマ展の最終日。今日一晩かけて、気持ちを切り替えます。(→o←)

投稿者: 店主 日時: 20:07 |

2009年7月 5日 日曜日

m(__)m

 定休日だけを休んで、一ヶ月走り続けてきたら、店主もバニラさんもかなり疲れてきました。ここらへんで、少し休息する時間がほしくなってきました。
 で、ユメノシマ展も残すところ、後、二日となりました。この二日間を無事終らせて、ゆっくりとしたいものです。なので、今日は早めに帰ります・・・m(__)m

投稿者: 店主 日時: 20:02 |

2009年7月 4日 土曜日

時代は繰り返す

 今日、昔お世話になった百貨店で、いろいろな作家さんを集めて絵画展と言うヤツをやるらしいという話を聞いた。
 内容は小さなギャラリーがやっているグループ展の規模を大きくして、百貨店の催物場を使ってやるらしい。
 その百貨店とは、バブルが弾け、元請け会社が倒産してから、その関係性は、次第に遠のいていった。それから、すでに7年ぐらいたったような気がする。
 それが、ビタミンTeeというお店を持って活動していたら、間接的にではあるが、今度は、向こう側から接近してきた。
 時代は繰り返すと言うけど、その百貨店とは別の百貨店で、何十年も前に手作りアクセサリーを作っていた人を集め、大掛かりなバザールのようなことをやったことがある。
 その集団、予定を組んで地方巡業もやっていた。ワルい事ではなかったか、そこの先に何があったのか・・・それを考えると、少し複雑な気分になる。
 で、話を聞いていたら、ふっと時代が20年から30年前の時代に戻ってしまったような錯覚を憶えた。ハァ、やれやれ。

投稿者: 店主 日時: 20:34 |

2009年7月 3日 金曜日

彫金

 今日、ご紹介する作品は彫金。作者は日下祥子さん。ビタミンTeeで珍しく彫金のアクセサリーです。
 日下さんは、彫金だけでなくアクリル画も描いていて、7月18日から7月24日まで、葛西臨海水族園でおこなわれる「海のモノ展8」に参加するそうです。
 モチーフは生き物が多く、今回のシルバーアクセサリーにも、カエルとオタマジャクシがさりげなくいます。(^_^;

 090703.jpg
 (C) Kusaka Shoko

投稿者: 店主 日時: 19:47 |

2009年7月 2日 木曜日

増える作品

 今日は少し時間があったので、彫金の作品を飾るアクリル板を作っておりました。これで、ヒマになるかなと思っていたら、畳組合さんから、オリジナルTeeシャツの注文が入り、その下準備などをして、夕方、ギャラリーに上がると、見慣れない作品がいくつか増えておりました。
 一つは岡村 透子さんの半立体の少女の作品。そして、安藤 雅子さんのスパイスボトルを利用したインコ。
 実は一昨日の火曜日にも、ようかんの箱を利用した「甘いおもいで」というイケダミキさんの作品が増えております。
 この他に増えているかもしれませんが、ユメノシマ展の作家の皆さん、ふらりとギャラリーにやってきて、新しい作品をおいていくので、店主が気がつかない作品もあるのかもしれません。
 こんな感じ、何かとてもノンビリしていて良いかも・・・(-。-)y-~~~~

投稿者: 店主 日時: 19:51 |

2009年7月 1日 水曜日

傘がない(休日に感じたこと)

 UAの「傘がない」を聴きたくなって、youtubeを探していたら、こんなに沢山の「傘がない」を見つけてしまった。
 この他にも実に多様な人がこの井上陽水の「傘がない」を歌っている。とても暗い歌なんだけど・・・「君」って誰の事なの・・・?
 なんでこんなに多くの人が歌うの・・・で、shinabonsという人の「傘がない」は、なるほどこんな歌い方もあるのか!と、感心した。
 
 原曲・傘がない / 井上陽水

 UAが歌う「傘がない」(UAの映像付き)
 UAが歌う「傘がない」(音はこちら方がいいかも)
 
 モップスが歌う「傘がない」

 忌野清志郎が歌う「傘がない」

 J-Minが歌う「傘がない」

 AKABANDが歌う「傘がない」路上ライブ@戸塚

 shinabonsが歌う「傘がない」

 傘がない - 井上陽水(ライブ)

 おまけ・Heartbreaker/Grand Funk Railroad

投稿者: 店主 日時: 18:29 |

生き地獄(休日に考えること)

 「私が決める(選挙のコト)」と吠える続ける麻生 太郎。権力者とは自分の事しか考えないらしい。誰も貴方には期待していない。それではと、ドコゾのタレント知事がドサクサにまぎれて自民党をかき回している。日本にはまともな政治家はいないらしい。

 そんな中、今日の新聞にこんな記事が載っていた。「国際自動車 事業許可取り消しか」。国際自動車とは東京では「km」のマークで有名な大手タクシー会社。
 取り消し理由は、道路運送法の累積違反点数が取り消し基準に達した事らしい。会社をあげて交通違反をしたのかと思ったら、「運転手の超過勤務が判明」と言うのが理由らしい。
 何でこんな事になったのか、店主には内部事情はわからないが、おおよその見当はつく。
 原因は不況。不況で売り上げが減って、運転手さんたちは少しでも売り上げを上げようと、ギリギリまで努力し働いた結果が「道路運送法の累積違反点数が取り消し基準に達した」と、なったのだろう。
 もし、事業許可取り消しになれば、最低二年間は営業ができなくなる。ネットで調べると国際自動車は2008年3月末現在で従業員数は5,546名いる。この人たちはどうなるのだろうか・・・
 運転手さんに限らず、売り上げに応じて収入を得る人々にとって(店主も基本は運転手さんと同じ)、不況を乗り切るためには、身を粉にして働く以外に方法はない。
 政治が当てにならない以上、ムリにムリを重ね、必死に働き、ジッと耐える以外に方法ない。
 働き過ぎが原因で仕事を取り上げられては、どうやって生きていけばいいのか!
 で、この判断をするのは、官僚である。官僚たちは何千万も給料をもらい、ヌクヌクと生きている。そのヌクヌクと生きているヤツらが、そこの君たち!君たちは働き過ぎだから、さっさと死になさいと言っているに等しい「仕事」をするらしい。

 この事と似たような話?イヤ真逆な話を思い出した。今から65年以上前、大昔の話である。ころは大東亜戦争(太平洋戦争)時代である。その人の名前は山口 良忠。ウィキペディアによると・・・

 ・・・山口 良忠(やまぐち よしただ、1913年11月16日 - 1947年10月11日)は日本の裁判官。佐賀県出身。太平洋戦争の終戦後の食糧難の時代に、闇米を拒否して食糧管理法に沿った配給食糧のみを食べ続け、栄養失調で死亡した事で知られる。・・・ウィキペディアより。

 この人は実は官僚側の人間である。再度、ウィキペディアから抜粋。

 ・・・1913年、佐賀県杵島郡白石町に、小学校教師の長男として生まれる。鹿島中学校(旧制)・佐賀高等学校(旧制)・京都帝国大学を卒業後、高等文官試験司法科試験に合格し、判事となる。1942年に東京民事地方裁判所に転任後、1946年10月に東京区裁判所の経済事犯専任判事となる。この部署では、主に闇米等を所持していて食糧管理法違反で検挙、起訴された被告人の事案を担当していた。
 食糧管理法違反で起訴された被告人を担当し始め、配給食糧以外に違法である闇米を食べなければ生きていけないのにそれを取り締まる自分が闇米を食べていてはいけないのではないかという思いにより、この時から闇米を拒否するようになる。
 山口は配給のほとんどを2人の子供に与え、自分は妻と共にほとんど汁だけの粥などをすすって生活した。義理の父親・親戚・友人などがその状況を見かねて食糧を送ったり、食事に招待するなどしたものの、山口はそれらも拒否した。自ら畑を耕してイモを栽培したりと栄養状況を改善する努力もしていたが、次第に栄養失調に伴う疾病が身体に現れてきた。しかし、「担当の被告人100人をいつまでも未決でいさせなければならない」と療養する事も拒否した。そして、1947年8月27日に地裁の階段で倒れ、やっと故郷の白石町で療養する事となる。同年10月11日、栄養失調に伴う肺浸潤(初期の肺結核)のため33歳で死去した。・・・ウィキペディアより。

 大昔にこんな人が存在したのである。しかし存在しても、この時の体制は何も変わらず、日本を地獄に引きずり込んだ。
 で、今は・・・・・戦前と同じく貧富の格差を拡大させ、自分たち(官僚、政治家、大企業)の利権を必死に隠し守っている。
 大多数の国民を生き地獄に突き落とす現在の政治体制に、店主は怒りを通りこして絶望している。店主にできる事と言えば、できれば運転手さんたちが、今よりも過酷な生き地獄に落ちない事を祈るしかない。

 ウィキペディア・山口良忠

投稿者: 店主 日時: 11:51 |