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2009年11月25日 水曜日

歴史という法廷

 今日のネットのニュースで、「「歴史の法廷に立てるか」ノーベル賞受賞者の野依良治さん事業仕分けを批判」という記事を見た。
 そのニュースにこんな記述があった。

 ・・・「先進各国がオリンピックと同じように国の威信をかけてスパコンの開発にしのぎを削っている。いったん凍結すれば瞬く間に他国に追い抜かれる」と説明した上で、「凍結を主張する方々は、将来、歴史という法廷に立つ覚悟ができているのか」と痛烈な批判を展開した。・・・

 確かに先端技術はお金がかかるのかもしれない。しかし、スーパーコンピューターの開発が、オリンピックと同じレベルで語られるのは、どうも納得がいかない。
 ゾンビのようにオリンピックを誘致しようとする石原都知事と、同じようなものを感じてしまう。もう、どんなオリンピックもたくさんである。
 その上「歴史という法廷に立つ覚悟」とは、なんとも大げさな。この理屈を使えばオリンピックを誘致できなかった石原都知事は、歴史の法廷で有罪となってしまうのではないのか。バカバカしい。(石原都知事は別の意味で有罪かも・・・)
 そもそも次世代スーパーコンピューターとは如何なるものなのか、その説明がいつまでたってもきこえてこない。本当にスーパーコンピューターに莫大な投資をすると、先端技術はアップするのか?
 膨大な借金をしてまで未来への投資もクソもない。この借金は税金である。膨大な借金は「歴史の法廷」で、正しい行為と見なされるのだろうか。だから、池田信夫に「スパコンの戦艦大和」とやゆされてしまう。
 仮に一兆円、注ぎ込んだとして、トップの座を射止める事はできるのか。すると世の中の景気がよくなるのか。オリンピックで一番になる事がそんなに大事なことなのか。
 スーパーコンピューターと言っても、たかがコンピューターである。これは何の事は単なる道具でしかない。
 日本のスーパーコンピューターが世界に勝てなくなってしまったのは、金がなければ何もできないという考え方や、道具がないと何も作れないと言う考え方が、若い人たちにまん延して、柔軟な若い芽を潰してきたのではないのかと、店主は疑ってしまう。

 池田信夫のブログ 2007年11月13日 コンピュータの「戦艦大和」はもういらない

 池田信夫のブログ 2007年11月23日 スパコンの戦艦大和「京速計算機」

 池田信夫のブログ 2009年11月15日 沈没した「スパコンの戦艦大和」

 ウィキペディアのスーパーコンピュータに関する記述

投稿者 店主 : 2009年11月25日 19:25

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