2010年4月28日 水曜日
ルーピーな私
すべての事象、事柄は表裏一体である。社会は心の反映でしかない。政治、経済もそれに含まれる。
誰も死なないかぎり、心からは逃れることはあり得ない。
最近、店主の中で妙な不安が生まれている。それが何だかわからない。何かを選択しなければならない時が来ているような気がする。
それを言葉で説明するのは難しい。感じていても説明できずに、いつも悶々として過ごしている。
今日の新聞のコラムに斎藤 学氏の文章が載っていた。「ルーピーな首相」と題された文章は、今の日本を端的に書いている。なるほど!と、感心するが、これを噛み砕いて説明する能力も時間も店主にはない。
ルーピーなのは、本当に政治家だけなのか・・・店主ももしかしたら「ルーピーな私」なのかもしれない・・・という恐怖がそこにはある。
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東京新聞・本音のコラム(2010年4月28日、朝刊より引用)
ルーピーな首相 斎藤 学(精神科医)
本来、プロの精神療法(サイコセラピー)とは患者を受容したり、励ましたりするものではない。むしろ質問によるソクラテス的対話であり、時にば挑発ですらある。
だから、救いや慰めを求めて来る人には向かない。「何にお困りですか?」「その問題をどのように解決しようとしましたか?」「その工夫はどのように失敗したのですか?」といった質問を重ねて患者が抱える複数の問題を明確にし、解決の優先順位をつける。
そのうえで、一つずつ解決に向けた作業に入るのだが、実践するのはあくまで患者。彼らがしなければならないことに直面させ、自分の力で解決可能と思えるようにするのがプロの仕事だ。まともな治療者なら、自分をヒーラー(癒やし手)などとは言わない。自らの無能を強調し、患者にこそ、その力があると主張し続けるはずだ。
政治家の仕事はセラピストの仕事に似ている。優れた政治家は安易な解決法を提案せず、幻術を示せない無能をあらわにする。こんな人がトップにいると、国民の悩みは深まり、この国の運営に責任を負わねばならないと考えるようになる。
神にも似た英雄や哲人の出現を期待し、彼らに問題の発見から解決まで丸投げしようとする「幼児返り」から目覚めざるを得なくなる。「ルーピー(愚か)」な首相こそ優れた為政者なのかもしれない。
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投稿者 店主 : 2010年4月28日 12:34
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