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2010年9月15日 水曜日

管僚政府誕生にひと言

 大手マスコミ(テレビと大新聞)は少数の人間、それも上司を目を気にしながら、自分たちの利権を守る為の報道を繰り返している事が、今回の民主党総裁選の報道姿勢でハッキリした。
 一方、ネットには誰に縛られるわけでもなく、沢山の目と沢山の意見がある。そして、それはいつも自由に好きな時間に読むことができる。
 考えてみれば、大手マスコミの少数の目が、ネット上の多くの目を欺くのはもう物理的に不可能な事だと、店主は思っている。
 大手マスコミの方は、いつも意見が一方方向に傾く。この現象、恣意的にコントロールされているということ以外に説明がつかない。
 だから、今回の民主党総裁選も大手マスコミは大差の勝利とふれ回るが、民主の国会議員の内訳をみれば、206人対200人と拮抗している。
 店主が読んでいる東京新聞も、その切り口は大して違いはない。大差の勝利と書いておいて、その裏面では何と「首相に消極的支持」と書く。書いてあることが精神分裂している。大差なら何も心配はないはずである。
 で、その中で一つだけ光っていた文章を紹介する。本音のコラムである。
 何故、検察と大手マスコミ(テレビと大新聞)は、小沢を攻撃するのかを短い文章でまとめてある。

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 大手マスコミと官僚 斎藤学 本音のコラム・東京新聞2010年9月15日朝刊より
 
 コップの中の嵐という人も居るが私には大変大事に思えた。管首相の勝利に終わった民主党代表選のことである。
 結果はなかばみえていたが、その過程で管氏を担ぐ大手マスコミ(テレビと大新聞)や官僚の姑息さと事大主義が露呈したのは良かった。私自身は児童虐待の問題に取り組みだしてから新聞が官報に過ぎないことを知った。早い話、児童虐待防止法が使えないどころか、子殺しに加担していることなど一般の人は知らないだろう。
 NHKはもちろん、民放テレビの独占利権を総務省に握られた大手マスコミが官僚と癒着せざるを得ないことはご存知か。
 特に今年の三月、鳩山内閣は六十年ぶりに放送法の大改革に乗り出すことを閣議決定して、虎の尾を踏んだ。元来、小沢氏は記者クラブの特権を無視し続けてきた唯一の政治家である。大手マスコミが排除をはかるのはもっとなことで、その彼はまた「米国との関係見直し」を明言することで田中角栄と同様、特捜検察の恣意的指弾の対象にもなった。
 管氏は代表選から降りるべきであったのだが、勝ってしまったのなら仕方がない。せめて放送法を既存利権から切り離して透明にしてほしい。そして検事総長の"天皇勅任制"から選挙制にする道を開いてほしい。民衆もようやく、問題が奈辺にあるかを知りはじめている。(精神科医)
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 今回の代表選の推移を見ながら、菅直人という人は行政遂行向きの人だと思った。既存の組織または既存のモデルがはっきりとしている場合には力を発揮するが、改革といった既存のモデルを壊して、新しいモデルを作るのには不向きな人だと言うのが店主の結論である。
 で、それをいち早く見抜いたのが、大手マスコミ(テレビと大新聞)や官僚ということになる。
 時代を何を要求しているのか・・・今までと同じことをしろと言っているのか、変われと言っているのか、もう少しすればもっとハッキリと見えてくるだろう。

投稿者 店主 : 2010年9月15日 10:55