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2014年9月 4日 木曜日

妄想的一考

 生きていると考えても考えても結論の出ないことがある。ここでいったん区切りをつけというのは自分のことなら、簡単ではないが、できないことではない。責任は自分がとればいい。
 しかし、それが人様のこととなると、簡単ではない。注意深く、慎重にそれでいて、大胆でないと説得できない・・・と、言葉なら簡単である。

 人が変わるきっかけって何なのか?それが今一番の問題。人は一枚の絵を見ただけで、変わってしまう。そうか、これが真実なんだと、思う瞬間がある。でも、それがドラマチックにおこれば判りやすいが、フ〜ンと思って見ながら、どこに行っても普通にそれはある。忘れてもいいはずなのに、何故かいつまでも頭の片隅から消えないという変化もある。
 これが厄介だ。普段、本人はさほど意識していはいないが、その絵が現れると、突然饒舌になる。端から見ていると気がつくが、本人はさほど意識をしていない。その絵の中に、本人も気づいていない根源があるとするならば、なおさら厄介である。
 すべての本質がそこにあり、そこからふわっと何気ない顔をしてじわじわといろんなものが溢れてくる。表現されるものが人々の笑顔だったり、苦痛の表情だったり、希望だったするのだが、彼?彼女?はいつもボロボロの服を着て背を向けている。それでいいの?それって本当なの?貴方はどこから来て、どこへ行くの?と、問いかけてくる。

 クソ!そんなコト誰にも判りゃしねいよ!と、自分ことなら自分に向けて言えるのだが・・・

 一つの側面を描きつつ、実はその裏、別の側面もあることを人はよく知っている。それを一つの写真集にまとめようとすることが、そもそも、了見違いかも知れないが、それも判っているけど、今はここまで、ここまでだけど、それも判っているヨとの思いを、どこかにひそませることは本当にできないのか。多分、みんな判っているような気がするが、矛盾する事柄は一つの側面だけでは補いきれないと。だからといって、今はそれでいいと、言い切れるのか。
 だったら続くにすればいい・・・と、言っている間に、世界は次々と変化し続け、また、彼が背中を向けて立っている。なんてヤツだ!
 だったらいったん、切り離せばいいのだが、切り離せない。厄介だ。気づくということは厄介なことだな・・・

 でも、まだ時間はある。深呼吸をして、今一度、考えてみよう。それが仕事!考えるのは嫌いではないのだから。

 タイムアップ!


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投稿者 店主 : 2014年9月 4日 19:01