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2014年11月24日 月曜日

生きる気力

 生き物は多少の苦難があっても、それを乗り越える力を自然に備えている。植物、動物、昆虫、皆それぞれのやり方で、危機を回避していく。
 当たり前と言えば当たり前なのだのが、その危機が何度も何度も襲ってくると、生き物の生きる気力が段々と弱まってくる。

 店主が今住んでいる町に移って来てから、すでに20年は過ぎた。風景も植物も見慣れているが、ここ何年かで違ってきた事がひとつある。それは樹の枝打ちの方法。
 ここ何年かでよく見られる枝打ちは、かなりすざましい。ほとんど幹しか残らないような枝打ちをする。理由はたぶん落ち葉を嫌っての事だと思うが、庭師の人に話を聞いた事がないので、本当の所はわからない.
 で、いつも駅に行く道順に神社があって、そこの樹がここ何年も間、強烈な枝打ちにあっていた。その樹が今年はその拷問に耐え切れず死んだ。その幹は店主でも一抱えほどもある立派なケヤキだった。

 樹の死がこれば酷い死に方をするとは知らなかった。樹の表皮が幹から次々と剥がれて落ちていく。これを人間に当てはめて考えるとゾッとする。
 ホラー映画でもなかなかお目にかかれない残酷さである。何年も拷問のような枝打ちに耐えていたが、ついに生きる気力を失ったような枯れ方である。
 こうした人間のおこなう枝打ちによって枯れていく樹が、店主の自宅のまわりではドンドンと増えている。
 人間とは恐ろしい生き物である。誰もこうした行為をとがめない。神様も仏様もここには存在しない。好き勝手をするのが当たり前と思っている。いつかこうした行為、思想が自分たちに跳ね返ってこないように祈るしかない今日この頃である。


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投稿者 店主 : 2014年11月24日 14:54