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2016年1月18日 月曜日

雪の日のつぶやき

 いやいや今日は大変な大雪でしたネ。中央線は走っていたのですが、いろんな駅で入場制限があったりして、秘密基地に着いたのお昼過ぎ。秘密基地の中は冷蔵庫状態。暖まるまで仕事になりませんでした。

 で、そんな中、Facebookでのつぶやきをブログのほうに載せておきます。


 アート作品をこれまでに買ったことがありますか?と、聞かれれば答えはハイです。ただし高額なものは2000年以降にはありません。日本の文化にはアート(美術)が根付いていないと言うのも違っています。昔よりアート、芸術の市場的な規模(売り上げではありません)は大きくなっていると思います。あらゆるところにアートは広がっています。ようは景気が悪すぎると言うことです。アートだけが景気とは無関係というワケにはいきません。「芸術・美術系学校出身者は卒業後が厳しい」と言うのも当然です。社会構造が変化しているし、誰でも就職そのものが難しくなっています。だから、海外にチャンスを求めると言うのも一つの手だと思いますが、経済はどの国とも繋がっています。いずれにしても景気が良くならない限り、どんな職業の人でも大変だと言うことです。

 作ったもの、描いたものが売れるのは楽しい事です。でも、今は買い手が買いたいと思っても、経済的理由で買えない場合が多いようです。熱心なファンの人は、一生懸命お金を貯めて買い来る方もいらっしゃいます。そんな人には頭が下がります。
 それから「魂」についてですが、石塚もそれがあるかないかはわかりませんが、ひとつ経験則でわかっている事は、作家さんが新たに作品を持ってきて、その作品をいろんな作品と混ぜておくと、不思議に新しく持ち込まれた作品から売れていく事があります。石塚はこれを作家さんの気が残っているという言い方をしておりました。ギャラリーをやられている方にこの話をすると、アッ、それわかります!と、言ってくれます。たぶん、作品に残る気がお客さんには無意識にわかるようです。

 正しいかどうかは置くとして、たぶんものを作ったり、描いたりする根本の原則は「私」という存在だと思います。この「私」は制作過程でほとんどの場合、他の人とは共有しません。我が道を行くです。そして作品を発表してはじめて他者と共有をはじめます。工芸作品を作られる方も最初の出発点は同じだと思います。それ以外の違いはその人がおかれた環境だと思います。これだけは同じにする事はできません。だから人は面白いのだと思います。人は環境が違うと発想も違ってきます。この差異は無限の組み合わせがあります。無限の組み合わせの中から光り輝くものが出てきて、それを作品として発見した時のうれしさが、作り手と買い手が共有できる喜びのような気がします。

 言われている事はよくわかります。ただ、バブルのあとに起こった変化は言われている事とは違うような気がします。明治以降に作られた東京藝術大学を中心とするアートの世界の崩壊は、バブル期から始まっていたような気がします。崩壊は必ず新しい種を細分化してふりまきます。それを受け止め育てるのは次の世代だと考えています。誰でもアートしても良いんだという流れが、今の流れを作っているように思います。その流れがどちらに向くのかは石塚にも判りませんが、言われる様に「富国強兵の足手まといとみなされる予感」となるかもしれません。しかし逆の方向性も必ず生まれるはずです。

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投稿者 店主 : 2016年1月18日 18:12