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2018年10月22日 月曜日

夏爐冬扇始末記

 ビタミンTeeは2004年7月12日にスタートしました。作家さんのオリジナルTeeシャツを作るという考え方で始まりました。気がつけばもう14年間という月日が流れてしまいました。

 ビタミンTeeがスタートした頃のブログを見るとこんな事が書いてありました。この頃はまだ千駄ヶ谷におりました。

 「2004月7月15日・ヤバい!事になった。突然、事務所兼、アトリエ兼、ミーティングルームで革命がおこった。実は、昨日の昼すぎにTeeシャツがやっと届いた。するとなんと、スタッフから「一応、衣料品を扱うのだから禁煙にしません?」と言われた。(何~ここはスタバじゃね~ぞ)と心の中でぼやいても、後の祭り。別のスタッフから「賛成」との意見。一番恐れていた革命が侵攻しはじめた。返す言葉もなく、せめて換気扇の下ではいい事にしょうよと、妥協案を言う店主。なので、暗い台所の換気扇下が喫煙の聖地となりました。やれやれおれはゴキブリか・・・」

 店主は今でもタバコはたしなみますが、千駄ヶ谷、東中野、吉祥寺、高円寺と流れて、一人となってもこの革命は継続中。たぶん、Teeシャツを作らなくなってもこれは変わらないと思っています。

 で、Teeシャツを作ると決めてからひとつだけどうしてもやりたい仕事がありました。それは平賀敬美術館のTeeシャツを作ること。アヴァンギャルド戯画家 平賀敬さんは2000年11月になくなっています。店主、アートの世界の楽しさ厳しさを敬さんからアレコレと教えていただいた。

 敬さんが亡くなったあと箱根のアトリエへ幸さん(敬さんの奥さん)を尋ねると、ここの場所が平賀敬美術館に生まれ変わると教えてもらった。幸さんの嬉しいそうな顔を今でも思い出します。そんな中、店主は何とか敬さんのTeeシャツを作れないかと思っておりました。平賀敬美術館は2005年11月に公開されました。

 その頃のブログを調べてみたら、
 「2007年10月11日 今日のオリジナリティーの打ち合せは、平賀敬さんのTeeシャツの打ち合せ。店主、かなり緊張しておりました。で、試作品を幾つか作る事になりました。前々から、平賀敬美術館の何かお手伝いできる事はないものかと、思っていたので、今回のお話は店主にとって記念すべき仕事になると思います。先ずは、楽しいTeeシャツを作る事。それに集中です。頑張るゾ!」

 それから月日は流れ、いったい何枚の敬さんのTeeシャツを作ったのか・・・

 しかし、時は容赦がない。店主が使っている出力機が2018年9月26日に壊れ、ついにTeeシャツを作れななりました。最大の気がかりが平賀敬美術館さんのTeeシャツ。注文があったらどうしようかと悶々と悩んでおりました。不義理するな!というが敬さんから教わった一番大切なこと。敬さん、普段は赤鼻の仏様だったけど、怒ると相当コワかった。

 そんなトラブルが続く中、先日に気になって平賀敬美術館の検索をしてみたら、箱根湯本観光協会のページに2018年8月15日付けで「平賀敬美術館 廃業」の文字が!慌てて電話をしてみましたがすでにかからなくなっていました。

 何がおこったのか判りませんが、もう作らなくていいよと敬さんに言われたような気分。それで思い出したのは2014年4月に納めた敬さんの書のTeeシャツ「夏爐冬扇(かろとうせん)」・・・時期はずれの無駄なもののたとえ。また、無用なもの、役に立たない言論や才能などのたとえ。夏の囲炉裏と冬の扇の意・・・なっ!判るか、と言って笑う敬さんがそこにいるようでした。
 
 
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 (C) 平賀敬・書「夏爐冬扇」
 
 
 ビタミンTeeの出力マシーンも壊れ、平賀敬美術館さんも廃業し、何だかこれでようやくTeeシャツから離れられそうな気分。世の中の巡り合わせとは不思議なものです。

 平賀敬美術館様、長い間いろいろとお世話なりありがとうございました。
 
 
 でも、これでビタミンTeeが終わったワケではありません。Teeシャツ以外にもやり残した事はまだまだ幾らでもあります。最後のTeeシャツ制作もまだ終わってはいません。これからも今しばらく頑張りますので今後ともよろしくお願いします。

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投稿者 店主 : 2018年10月22日 14:02