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2018年12月10日 月曜日

「同じ」と「違い」

 人は自分は変わらないと思っている。昨日の自分と今日の自分は同じと考える。変わらないのなら約束はいらない。約束は人が変わるから約束をする。店主は自分が変わるものだと思っているから、約束を極力守るようにしている。約束を守らないとどうなるのか?無秩序な社会が生まれる。それが今と言う時代。
 
 
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 (C) 石塚善雄
 
 
 ある作家さんが誰も見た事ないものは、見ても判らないと言っていた。だけど店主の多くの時間は独りで過ごしている。この時間に見える風景は誰も見た事のない風景の連続である。この事を店主は養老孟司氏から学んだ。雑木林で見る虫たちは、誰にもその存在を知られずに生と死を繰返している。
 
 
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 (C) 石塚善雄
 
 
 店主「同じ」と「違い」というコトに延々と悩まされて来た。で、最近ようやくこの二つの差異を少しだけ理解できるようになった。「同じ」は言語系による共犯幻想。「違い」は感覚系の共鳴。これが一つの肉体の中で同時におこっているからややっこしくなる。だからこのツイートは店主の共犯幻想となる。
 
 
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 (C) 石塚善雄
 
 
 で、今日の朝、ある人からのメールを頂いた。そのメールは言語系による共犯幻想となるはずだが、店主その内容に激しく動揺している。メールにはその人のおかれている状況が、店主との「違い」を明白に伝えている。「同じ」と「違い」がそこでは激突する。生きるということは何なのかと問うてくる。
 
 
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 (C) 石塚善雄
 
 
 問題はどこから見るのか?という事。そうなると零地点の設定が必要になる。それが作品だと思っている。作品は作っている時は「違い」であり、完成すると「同じ」になる。だから店主の場合はそこが零地点となる。ただしその零地点はたえず揺らいでいる。ゆらぎが次の零地点へ誘う。

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投稿者 店主 : 2018年12月10日 18:23