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2021年8月16日 月曜日

玉村豊男-2

 虫は何をやってもほとんどお金にならない。お金にならないのに虫は全世界中に生きている。で、農家にとっては虫は天敵のように扱われる。玉村豊男を本を見続けてみると、案の定の最初の《私のワイン畑》以外には虫はほぼ出てこなかった。農業にとって虫との関係性は必要不可欠。アインシュタインは「ミツバチが絶滅したら4年後には人類も滅びる」と言ったとか。多分、これは本当だろう。

 一方で有機農法というのがある。これは一説には虫が少なくなった為に可能になったという説もある。2017年のCNNのニュースで《ドイツの自然保護区に生息する飛行昆虫の数が、27年間の調査のあいだに75%あまり減少した。》とある。

 それにも関わらず玉村豊男の本には《私のワイン畑》を最後に虫が出てこない。そして彼は自分で自分のやっていることを「ライフスタイル・ビジネス」と呼んでいる。これはこれでどこも悪くはないなが、どこか読んでいて寂しくなる。この空虚感はどこからくるのか。

 「ライフスタイル・ビジネス」の成功者の玉村豊男はそんな事にはあまり関心が無いということか?書かれたエッセイを読むと、かなり鋭く観察し、それを文章に起こしているが、その先はどうなるかと言う所で、必ず文章は終わってしまう。後はご自分でご判断をということか。

 《草刈る人》にはパソコン作業と農作業について書かれている文章がある。パソコンの画面は出てくる情報は止まった情報で、農作業は全てが日々変化し続ける作業である。どちらが楽しいのかと言えば、多分、農作業だろう。この事を実にうまく書いているが、ここでもその先については書かれていない。でも、2000年前後にこんな事をすらりと書いているのにはびっくりするが、ここでもその先が無い。もっと読み続ければ出てくるのか?どうもそんな予感がしない。何故かと言えば、彼の書いた文章には虫の気配が無いというのがその理由。お金にならないことは意識には上がってこない。

 ただ、書かれた文章はお金を出せば誰でも読めた。多分、その先を書かないのは「ライフスタイル・ビジネス」の実践者としては、これ以上書くといろんな所に軋轢や歪みが出るとの判断かもしれない。玉村豊男は大人なのかもしれない。都会を離れて、田舎暮らしをしても、そこには必ず世間様があると言う事か。

 多分もう玉村豊男の本は読まないだろう。それでも人はもしかしたら変わるかもしれない。でも、変わったところで残されたは時間はもう多くはない。


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投稿者 店主 : 2021年8月16日 15:49