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2006年12月18日 月曜日
草木成仏と背高泡立草
草木成仏という言葉がある事を、最近知った。これは、日本人独特の考え方らしい。仏教の本場のインドでも、仏教を伝えた中国でも、この考え方はなかったらしい。
日本に仏教が入ってきてから、草木も成仏するんだよとなったらしい。もともと日本にあった自然をうやまう心が、自然に仏教に取り入れられたということか・・・
ネットで調べていたらこんな話があった。(長谷川正徳、法話の部分引用)
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第26話 山川草木悉皆成仏
ある修行僧が草も木も成仏するという話を聞いて、どうしても理解できず、尊敬する学僧に、自分で考えたり修行したりすることのない草や木がどうして成仏するのでしょうかと尋ねた。
そのとき、学僧は、あなたは草木成仏のことを尋ねられたが、それではあなた自身の成仏のことはもうおわかりかな、と逆に質問してきた。
修行僧は、はっと気づくところあって、「恐れ入りました。よくわかりました」と御礼を述べて引きさがったという。
学僧の言ったことが、どうして草木成仏の答えになっているかというと、何も草や木が功徳を積んで仏になるのではなく、草や木を見る人間が仏になるとき、草や木もいっしょに仏になるのであると教えたわけである。
わたしどもは自身が仏になったとき、天地も山も川も、草木もすべてがまた仏になると知るべきである。
・・・・・・・・部分引用
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これは長谷川正徳という人の法話らしい。店主はこの長谷川正徳を知らない。知らないが、この話は何となく納得できる。
店主は無宗教だが、養老孟司によると、それは無宗教という日本の仏教、神道をベースにした宗教だとなるらしい。難しい・・・ナ
で、今日の一枚は朽ちたセイタカアワダチソウ。いろんな草木が朽ち倒れ、その隙間に挟まれるようにして枯れたセイタカアワダチソウが、自分の種を冷たいに風に飛ばしていた。
これを成仏と呼べるのか店主にはわからないが、こうした姿に、店主はとても心ひかれてしまう。何故なのか?理由は自分でもわからない。
投稿者 店主 : 2006年12月18日 19:44