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2007年6月24日 日曜日

お店計画-その6

 店主、お店に関してはまったくのド素人である。どうせド素人であるのだから、プロの考えるような事を考えてもしょうがないので、少し違った視点からお店と言うモノを考えてみたい。

 マトリックスという言葉がある。この言葉はウィキペディア によると、映画「マトリックス」という事以外に、次のような事柄が載っている。

 《本来は「 子宮 」を意味する ラテン語 (< Mater母+ix)に由来する英語 Matrix の音写で、そこから何かを生み出すものを意味する。この「 生み出す機能 」に着目して命名されることが多い。また、子宮状の形状・状態着目して命名される場合もある。
 日本語にあえて翻訳する場合は「基盤」「基質」などの訳語が当てられることがあるが、原語で強く感じられる「生み出す機能」や「形状」が伝わりにくく、必ずしも評判が良くない。例えば「母体」あるいは「子宮体」ならばニュアンスも伝わるのだろうが、このような訳語はほとんど採用されていない。結局、カタカナで表記されることが多い。 》ウィキペディアより

 さて、これが何故、お店と関係があるのか?いぶかしげに思う方も多いと思う。しかし、この言葉がヒントとなって、いろいろと考えている。
 最近、横浜のランドマークタワーや東京駅の新丸の内ビルディング、六本木ヒルズ、表参道ヒルズ 等の複合商業施設にいくと、妙な不安感を覚える。この不安感は何を意味しているのか、最近までよく分からなかった。
 店主、こうした施設に行くたびに、身の置き所に困ってしまう。このような施設はお金を使わないかぎり、施設から「疎外」されたような気分になる。どの空間も、お金を落とす事で成り立っている。お金、お金、また、お金。
 当たり前の事である。では、お金を落とすとどうなるのか?このような施設がさらに巨大になる。まさしく「マトリックス」である。次の施設を生み出す為の「マトリックスの為にマトリックス(子宮)」となるワケだ。
 しかし、この事は店主が感じる「疎外」の説明にはならない。確かに、店主は貧乏である。そんなに浪費はできないが、貧乏でも、昔の施設はもう少し楽しかったような気がする。
 何が昔の施設と、これら巨大複合施設は違っているのか・・・? 答えはわりと簡単なところにあった。昔の商業施設には、例えば占いコーナーのようなモノがあった。これは、人と人の関係をものすごく個人的に語り合う場である。疲れたら屋上の占いコーナーで、話をして帰ってくる。今は、この占いコーナーのようなモノがない。
 つまり、そこには人のドラマが存在した。今はどうなのか?
 簡単に言うと、個人が存在しいないのが、新しい施設の特徴である。そんなバカなと、思われる方もいることでしょう。しかし、逆説的にこの施設を考えてみると、この事はよく分かる。
 つまり、個人が新丸の内ビルディングに店を持てるのか?ランドマークタワーでお店を持てるのか?と考えると、そんな方法はどこにもない。個人などと言う怪し気なモノに彼らは関わりを持つ気などサラサラない。
 彼らにとって、個人はとても厄介で、面倒な存在。だとすると、お金だけを運ぶ存在の個人と付き合う方が得策であると考えても不思議ではない。しかも、お金は「マトリックス(子宮)」にとって一番重要なエネルギーである。その為の仕掛けには、当然、エネルギー(お金)をかける。
 これは、映画「マトリックス」ともよく似ている。人間は単なる「電池」で、機械を動かすエネルギーの源が人間。つまりは、「マトリックス」の為に人間は存在するという事になってしまう。ハァ〜〜、やれやれである。
 この傾向は、発展を遂げるどこの国の都市も似たような傾向を示す。つまりは都市化である。北京であろうと、パリであろうと、東京であろうと、ダラスであろうと同じような商業施設が膨れ上がっている。
 では、この「マトリックス」はどこから来て、どこへ行くのか?この事は、店主にも分からない。これは、「マトリックス」の側にいる人に聞いてもらうしかない。

 そこで、自分の店の事となる。可能かどうかまったく根拠のないまま、店主はこの「マトリックス」的商業施設とは、まったく逆の事をやってみたいと思っている。
 売るべき商品はなるべく個人を基本にする。場所は、「マトリックス」から影響の受けない場所にする。時間があれば、お客さんの悩みに答えられるような場所をイメージする。
 そして、これが一番重要。個人と個人、お客さんと作家さんが、コラボレーションできるような空間を作る。
 で、そこで生活できるだけのお金をいただく・・・(^_^;

 本当にこんな事、できるのかな・・・できると楽しいだろうナ・・・
 

投稿者 店主 : 2007年6月24日 20:18