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2008年7月28日 月曜日
鬼のすみか
最近、通り魔殺人の事をいろいろなところで読むと、二つの選択肢がよく見受けられる。社会がこの通り魔を生んだという話と、一連の通り魔は個人的な犯罪だという話である。
店主はどちらでもないと思っている。この通り魔事件、人間の中に潜んでいる鬼が出現したと思っている。
陰陽師に凝っているから言うのではないが、どんな人間であれ心の奥には鬼が棲んでいると、店主は思っている。
この鬼、人間の心の弱さをついて現れると店主は考えている。いくらお金持ちで、生活が豊かでも、心の奥底からは、決して鬼は消える事がない。
しかも厄介なのは、一見、聖人君子のように見える人でも鬼が必ず棲んでいるから怖い。最近ではロシアのプーチンをめぐる鬼達の暗躍の話はとても人間の仕業とは思えないし、また、鬼となって自爆すれば神なると言うとんでもないモノまである。
エコエコと唱えながら、大企業や国が鬼集団の顔をひた隠しにしている事もある。また、自殺も鬼の仕業と考えるべきかもしれない。社会が不安定になればなるほどに、鬼は現れやすくなる。
社会がどれほどよくなろうと、生活がどれほど向上しようと、この人間の中に棲む鬼は消えない、と店主は思っている。
無論、店主の中にも鬼はいる。時々、店主の様子をうかがいに顔を出す事があるようだが、それはなかなか自分では判らない。だから決して油断はできない。自分には関係ないとか、あれは異常者だからとタカをくくると、そのスキを狙って鬼は現れる。
社会が悪いとか、個人が悪いとすれば、対処法がある筈となるが、こればかりは定まった対処法がない。ないとすれば、何が原因か・・・だから、人間の心の中には鬼がいるとなる。
簡単に書けば、そんな鬼なんて迷信の世界の事だよ、と、思う心のスキに鬼は潜んでいる。人間のもつ能力は、何でも解決をつけられるという慢心こそが、鬼にとって好都合な考え方と、店主は思っている。
だから、自分の中にも鬼が棲んでいると考えるべきであり、事件を起こした人たちを特別視しない方がいい。いくら厳罰主義にしても、鬼はそれでまたほくそ笑むだろう。人間がまた一つ、鬼に似てきたと・・・
投稿者 店主 : 2008年7月28日 19:46
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