2009年1月24日 土曜日
復讐の女神
店主、経済に関してはまったく無知である。無知だから、池田信夫氏のようなブログをよく読んだりする。しかし、読んでも判るところもあれば、ほとんど判らない事もある。
特に数式。これはまったく判らない。いくら数式を眺めても、いくら高校生レベルの数式と言われても、その意味するところがイメージできない。
そんな時に、ふらりと開いた本に面白い記述を見つけた。現実主義の論客、高坂 正堯(こうさか まさたか・1934年5月8日〜1996年5月15日)と言う人の本。
保守的なイメージの強い人だが、店主には書いている事が判りやすくて、時々、この人の本を引っ張りだしては読む。
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世界史の中から考える・・・新潮選書(米独崩壊の違い−バブルで亡んだ国はない P106〜より)1996/1/25・四刷
歴史について語るとき、一般的に通用するようなことは滅多に口にすべきではない。歴史において似たようなことはおこるが、同じことはおこらないからである。しかし、経験則のようなものがないわけでもない。たとえばバブルについて言うなら、それは三流の国が二流になり、やがて一流に手が届こうとするときにおこるものである。すでに書いてきたように十七世紀のオランダがそうだったし、十八世紀のイギリスがそうだった。もっとも最近のものでだれもが知っているのは、一九二九年のアメリカの大暴落に先立つ大暴騰である。
われわれはそれに一八七三年にドイツでおこったバブルの崩壊をつけ加えることができる。そしてそうなると、少なくとも近代世界において、急速に台頭して一流になりかけた国ではすべてバブルとその崩壊が見られたことになる。だから、同じような国、たとえば一九八〇年代の日本で、そのような現象がおこっても不思議はない。必然と言うことはないにしても相当の蓋然性が存在することは間違いない。
その理由は人間の心理にあって、それ故バブルをもっともよく説明するものはギリシャ神話であるかも知れない。すなわち、高慢なもの、生意気なものに対する神の怒りを表す復讐の女神ネメシスである。彼女は、成功し力を得て倣慢になったものを罰した。
ついでながら、ギリシャには復讐の女神の話がもうびとつあるのだが、それが公の裁判を逃れたり、ごまかしたりする人々を秘密の針でさして罰する三人の女神であることも興味深い。
この二つの罪はたしかに重大な罪ではあるが、人間自らが罰することは容易ではない。巧みに法の網をかいくぐられれば、直観的に悪い奴だと判っても証拠がないし、成功し、力があるものを指弾することを人間は敢えてしない。だから、神が出てくるような気がする。
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経済は数字で動いているのかもしれないが、その数字をつくり出したのは人間。そのコトは数式では表す事ができるのか・・・人間の心理を数式化できるのだろうか。高坂氏の言葉を借りれば「だから、神が出てくるような気がする。」という事になる。
この本の中では「成功に基づく傲慢」という言葉が出てくる。今回の金融危機では「成功に基づく強欲」という言葉になるのか・・・はたして、人間の欲は際限なく膨らみ続けるのか。傲慢、強欲・・・そして、次はなんなのか。そしてまた、復讐の女神はやって来るのだろうか。
投稿者 店主 : 2009年1月24日 19:19
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