« 2010年の仕込み終了 | メイン | 過去からの手紙 »

2009年12月28日 月曜日

一度でいいから言ってみたい・・・

 今日、久しぶり外食したら、値段はかわらないのだが、中身が少なくなっていた。
 麺が減り、チャーシューが小さくなり・・・ハァ、やれやれ皆さん苦労しているな・・・

 で、ふと、今読んでいる剣客商売の一節を思い出した。

 剣客商売・辻斬りから「不二楼・蘭の間」より

 ......さて、金がたまりはじめると、たまることがたまらなくおもしろい、たのしい、こりや全く、ふしぎなものでな。山吹色の小判を一枚二枚と、夜ふけに独りで数えているときの気もちは余人にはわからぬものじゃ」
「先生が、むかしは、そのような......?」
「そうじゃとも」
 十五年も交際している小兵衛であったが、宗哲先生が、これほどに過去の自分を率直に語ったのは、今日がはじめてである。
「むかしむかしは、金だけでは事がすまぬ。物をつくり、これを別の品物と取り替えて、暮しをたてる。つまり、人が汗水たらして、はたらいただけのものが、その人の暮しをささえてきたわけじゃろ。ところが、金というものができて、この流通によって、上は一国、下は一家の経済というものが成り立つようになってから年久しい。つまり、いまの世の金のちからは万能ということじや」
「いかさま......」
「ゆえにこそ、小判はこころ強い、たのもしい。その、たのもしさを一枚二枚と数えるのじゃもの。他人は死んでもおのれは死なぬ気にもなろうではないか」
「いや、恐れ入りました」    
 「じゃがの、わしは、さいわいに医者であった。おかげで、人間の寿命については、いやになるほど知りつくし、わきまえている」
「はあ......」
「そこで或る夜。ためこんだ小判を、いつものように数えているうち、ああ、こんなことして何がおもしろいのか......と、こうおもうた。小判を数えているうちに死んでしまうわな。二十年三十年なぞ、あっという間じゃ」
「さとられましたかな」
「ま、大仰にいえば、そうじゃ。それで、それから、わしの女狂いがはじまった。博突もし、酒ものみはじめた。そしてな、もっている金をすっかり、つかい果したとき、今度は、金が小判が、恐ろしゅうなってきた。それでな、江戸へ来てからは、努めて、金を避けているのじゃよ。あは、はは...‥⊥
 本所界隈で、小川宗哲の名声は大きいが、金のある無しにかかわらず、身分の上下にかかわらず、宗哲の診察と治療は行きとどいている。だから、本所では、
「生き神さま」
 なぞという者もいる。
 それもこれも、宗哲にいわせると、
「わしが金を恐れ、金を避けているにすぎないのじゃよ」
 と、いうことになる。
 さらに宗哲は、こういった。
「そこへ行くと、さすがは秋山小兵衛先生。大金をつかんでも、たちまちこれを散らし、悠悠として、小判の奴どもをあごで使っていなさるわえ」


 (=ΦωΦ=)・・・・・

投稿者 店主 : 2009年12月28日 17:18